手紙

「いっひっひっひ」

 狭く、暗い部屋。

 たくさんの戸棚にところせましと詰められた、瓶、壷、箱、袋。その中央にある煮詰まった釜の前で、王妃は笑っていた。

 30歳過ぎ、まだまだ美しい肌を、異様に引きつらせて。

「いっひっひ。カラスのくちばしにネズミのしっぽ、ゴキブリの触角、ナメクジの糞、クモの糸、あとは……」

 王妃は振り返り、壷から何かを取り出す。

「人間の心臓」

 ぼとん。

 途端に釜の中身が緑色に変わる。

「いっひっひっひ」

 かき混ぜてから火を止め、しばらく待つ王妃。やがて冷めたころを見計らい、釜の中身に指をつけてみた。

 それから明かりの下に指をかざす。

「……よし。成功だね」

 その指は。

 まるで醜い老婆のように、しわくちゃで節くれ立っていた。

 

   ※   ※


 白雪姫と小人たちは、ついに王都までやってきた。

 しかし、厳戒態勢の警備の中では王城に近づくこともできない。

 やむなく夜のうちに、とある貴族の館に忍び込んだ。そこに、7人と知り合いの小人が雇われていたからだ。

 広い館だった。

 敷地は、石を思いきり投げられる距離よりも向こうまで続いている。その中に大きな建物が2つ、馬小屋、小庭園には豪華な噴水がある。そして、古くて使われなくなった礼拝堂。


 7人と白雪は、まずは礼拝堂に潜んだ。

 その地下ではチョッキを着たイタチが檻に入れられていた。カンベエが手紙を書いて、チョッキの中に差し込むと、その小さな獣は一目散に走り出し、天井裏に潜り込んだ。こうやって、使用人の小人といつも連絡を取っているようだ。

 やがて返事を結わえ付け、イタチが帰ってきた。


「彼は、すぐには来られないそうだ」

 カンベエは返事を読みながら言った。

 白雪と7人は、礼拝堂の地下室で、小さなロウソク1本だけに明かりを灯し、丸くなって座っている。

「仕事が忙しいんだと」

「仕事じゃと?」

「なんでも、隣国の王子がお忍びでこの屋敷を訪れているらしい。白雪、お前が行方不明になった詳細を確かめに、国王が倒れる前から来ていたそうなんだが……」

 すると白雪は、嬉しそうに声を上げた。

「もしかして、アンデルセン皇国のハンス王子では?」

「そうだ。知っているのか?」

「私の婚約者です」


『ええ!』


 全員が驚いた。

「お前……婚約者がおったんか!」

「はい。5歳のときから。ちなみに、3人目の婚約者です」

「へ?」

「1人目は、生まれて10日目から。ちょうど同じ日に生まれた東のペロー共和国のシャルル王子でした。残念ながら、2日後に王子のほうが病気で亡くなってしまったため、婚約は立ち消えに」

「へー」

「2人目は2歳のときで、アイソーポス帝国のイソップ王子。こちらも亡くなられました」

「病気で?」

「いえ、老衰で。72歳でしたから」

「……王子とちゃうやろ、それ」

「先代の皇帝が、98歳まで現役でいらしたので……」

「んなアホな」

「いまは退位されて、今年で104歳。趣味のガーデニングを満喫してらっしゃいますわ」

「しかもまだ生きとるんかい!」

「それデ……3人目ガ、その王子カ」

「ええ。会ったのはこれまで2度。とても聡明で賢哲な方でしたわ」

 小人たちは、くらくらと目眩がするような感覚に襲われた。人間の習慣というものは、ここまで奇異な物なのか。


 しかし白雪は意に介さず、何か思いついたようにぽんと手を叩いた。

「そうですわ! 彼に協力していただきましょう。そうすれば、城に入ることが出来ますわ」

 カンベエはいぶかしむ。

「信用できるのか?」

「曲がったことが大嫌いな正義漢ですわ。ずっと文通していましたから、私の文字を覚えているはずです。紙とペンを貸して下さい」

 白雪はすぐに手紙をしたためた。

 器用なシチロージが封筒をつくり、それにインクを乾かした手紙を入れる。ロウソクから垂れる蝋で封をして、そしてその上に、白雪は、耳飾りを外してぎゅっと押しつけた。 

 耳飾りの模様が蝋に写る。

「この耳飾りは王子からの贈り物です。手紙が本物だという証明になるでしょう」

「よし。ならばこれを王子に渡すように、仲間に頼もう」

 カンベエも手紙を書いた。

 2通の文書をもって、イタチは走る。

 しかし、待てどイタチは帰ってこない。

「遅いな」

 そうカンベエが言ったとき、礼拝堂の扉を叩く音がした。

 警戒しながら開けてみると――

「白雪姫はおいでですか。わたくしは、王子の付き人です。王子がお会いになりたいそうです」

 そこにいたのは、醜い老婆だった。

「お一人で、わたくしについてきて下さい」

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