第十錬成 むかしむかし、その少女は

 第一印象の話をすれば、ませたガキだなと、俺は思った。


 妙に人懐っこい癖に、プライドだけは一人前。

 勝ち気で、向こう見ずで、男勝り。

 そのうえ自分がレディーとして扱われないと気に食わない。

 そういう少女だった。


 俺は恩義があったから、乞われるままに昔話をしてやったり、おもちゃを作ってやったりした。

 彼女の目の前で、一面の曠野あれのを花畑に変えたこともあったし、空に虹をかけてやったこともあった。

 慣れないことながら、気を利かせて甘味を用意してやるぐらいのことはした。

 ……正直に言えば、憎からず思っていたし。

 珍しく。

 本当に珍しく、なにかをしてやりたいとさえ思っていた。


 たぶん、一時の気の迷いだったのだろう。

 そして、そういった迷いは、すぐに晴れるものだ。


 俺は、彼女の前から姿を消した。

 姦計をもって彼女に惚れ薬を飲ませ、エリヤと対面させて。

 だから──


「あ──」


 あるいは、いまここで、ゴーレムの騎士に切り捨てられても、よかったのかもしれない。

 それができなかったのは。

 俺の前に。

 小さな魔女が。

 飛び出してきたからで。


「──っぶねぇだろうが、このバカ!」


 金属が金属をむ音。

 掲げた魔剣が、ゴーレムの刃を受けて軋む。

 なんて馬鹿力だ、製作者出て来い!


「まあ、俺なんだけどねぇっ!」


 膂力りょりょくで、無理やりに剣を押し返す。

 わずかにできた隙。

 茫然としているステラを抱きかかえ、俺はその場から飛びのく。


「なーにしてんだ、おまえは!」

「な、なにって……ヘルメスが、殺されちゃいそうだったから」


 いいじゃねえか、そのくらい。


「よくないわっ! あたしは……あたしはあんたに、魔女の楽園へ連れて行ってもらうんだから!」


 そんな理由か。

 そんなつまらない理由で、こいつは命を投げ出そうとしたのか。

 ……まったく。


「どいつもこいつも、モノの価値がわからなさ過ぎる!」


 俺は魔剣を構えなおし、マリア主従と相対する。その決意を、ようやくする。

 マリアはその瞳を、激情に燃やしていた。


「小娘を抱きしめるなど……破廉恥な! 恥を知れ!」

「ふん。おまえが俺を恨んでるってのは、よーくわかったぜ」

「────」

「俺だって金のなる木がいきなりいなくなったら探すし、むかつくだろう。この先タダで手に入った資産的価値を考えれば、殺意が沸く!」

「ヘルメス、たぶんあんた、なにもわかってないわよ……」


 なんだ魔女っ子、その憐みのまなざしは。

 俺は天才錬金術師だぞ?


「だから、その恨みはまっとうなものだ。この世のすべてはお金さまに優先される。……なので、1万ポンドほど払うから、このまま帰ってはくれないだろうか?」


 ほら、そうすればたぶん、丸く収まるだろ?

 そんな俺の、じつに聡明なナイスな提案を、


「こ」


 マリア・テレジアは。

 大人になった小娘は。


「この──朴念仁を殺せぇええええ! エリヤあああああああああああ!!」


 なぜか、殺意丸出しの怒号で、拒絶したのだった。


「──御意に」


 動き出すゴーレムの騎士。

 速い!

 自分で作っておいてなんだが、たぶん、この世界のどんな騎士よりも速く、風のような速度で動いている。

 振り下ろされる神速の一撃。

 本当に竜を殺せるんじゃないかという質量と、膂力に裏打ちされた剣を、なんとか魔剣が砕けないように受け流す。

 荷物が邪魔だ。

 俺は、ステラを放り投げた。


「ちょ!?」

「おまえは見物でもしてろ」


 即座に切り返される刃を、紙一重でかわす。

 俺は左手の甲──そこに仕込んでおいた黒い砂をぶちまける。

 エリヤへと向かって出来上がる、黒い砂の道。

 俺はニヤッと笑った。


「東の国において、かつて不死の妙薬と呼ばれた燃える砂の威力、とくと拝め!」

「──!?」


 指を打ち鳴らすとともに、火花が走り引火。

 燃える砂──黒色火薬が一気に爆発する!


「──ッ!」


 爆風で、エリヤの兜が宙に舞った。

 もうもうと立ち込める白煙。

 それを切り裂いて、マリアを抱えた素顔のエリヤが、突撃してくる。


「ヘルメスううううううううううううううう!!」


 エリヤから飛び降り、抜剣しつつ俺へと躍りかかるマリア。

 俺は──


「……そうあれかし」


 ──魔剣から、手を離した。

 断罪の刃が、ひらめく。


「……なぜだ?」


 首の皮一枚。

 比喩ではなく、本当に皮一枚切断して、彼女の刃は止まっていた。

 俺は首元に刃を突きつけられたまま、肩をすくめて見せる。


「なにが?」

「とぼけるな。おまえ、エリヤを殺すことができただろう?」


 俺はちらりと、エリヤのほうを見やる。

 人と変わらない姿をしたゴーレム。

 命なき土くれ。

 その額には、emeth──つまり〝真理〟という意味の文字が刻まれている。

 ゴーレムは、これによって駆動する。

 だから、その頭文字、eを削り、meth──〝死んだ〟という意味にかえれば、たやすく彼は崩壊してしまうのだ。


「それはな、持ち主にとっての安全装置だ。万が一ゴーレムが暴走したとき、破壊するための仕掛けだ。そして俺の作ったゴーレムに、そんな間違いはおこらない。だから、壊す必要はない。それにな、こいつの主は、もう俺じゃねえ」

「自分が死んだとしてもか」

「……命の一つぐらい、くれてやってもよかった」

「なにぃ?」


 女の刃に、力が入る。

 俺の首元から、ぬるいものがにじむ。


「おまえはさぁ、俺を女を泣かせるような奴だと言ったよな? だけれど、俺はそんなもん、好きじゃない」


 人が泣いているのなんざ、見たくもない。

 病も。

 苦しみも。

 死別も。

 悲劇なんざ、もう腹いっぱいなのだ。


「だから──そんな顔をしているおまえのためになら、殺されてもよかった」

「私が、どんな顔をしていると──」

「泣いているわ、マリアさん」


 魔女が、悲しそうな声音でそういった。

 マリアは、驚いたような顔になって、自らの頬に指を這わせる。


「泣いている? 私が? なぜ?」


 その指先が濡れて、初めて彼女は、自分が泣いているのだと気が付いた。

 だけれどその理由までは、理解できていないのだ。

 まったく。


「バカが。子どもと変わらねぇ」


 呟いた瞬間、巨大な剣が飛んできた。

 反射的にブリッジして避ける。

 あっぶねぇええええええ!?


「なにすんだエリヤ!? 造物主に手を上げやがって! eを削るぞ!?」

「──主君を貶すものは許さない。訂正してもらおうか、造物主」


 感情などない声で、しかし感情的に、エリヤは振る舞っていた。

 たぶん、この六年間こんな調子だったのだろう。

 そりゃあ、マリアも困惑する。

 なにせ俺の最高傑作だ。

 


「寂しくないようにと、気を回したつもりだったんだがねぇ。余計なお世話だったか」

「そうだ……おまえは、いつもそうなんだ……絶望的に下手くそなんだ、気遣いってやつが……」


 起き上がって腰をさすっていると、うつむいたマリアが歩み寄ってくる。

 刃の切っ先が、地面を引きずっている。


「私は」


 かつてのませたお嬢様は、泣きはらしながら、こう叫んだ。


「私は! いつまでもおまえに、おまえがそばに居てほしかったんだぞ、ヘルメス……!」

「────」


 刃を取り落とし、彼女は俺に抱き着く。

 しがみついて、縋りついて、そのまま彼女は。


「うわああああん……!」


 大声を出して、恥も外聞もなく泣きはらした。

 いつまでもいつまでも、子どもみたいに泣いていた。

 俺はされるがままになっていたが、


「ぴゅーぴゅー!」


 下手な口笛を吹きやがったニヤケ面の魔女っ子だけは、あとで折檻しようと心に決めたのだった。


 涙ってやつは苦手だが。

 こいつだけは、あとで泣かす……!

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