第九錬成 惚れ薬とゴーレム

 六年前。

 いつものように詐欺を働き、いつものようにそれが露見した俺は、街を追われて、根無し草として彷徨っていた。


 錬金術師とは、通常は工房を構え、一カ所に定住し研究を続けるものだ。

 賢者の石を究極とする錬金術の産物は、多くは多大な代償と、大がかりな器具から生まれる。

 哲学者の卵──フラスコだって小型のものはないし、エメラルド板や大型の高温炉ともなれば、持ち歩ける代物ではない。

 なにせ、子どもほどの大きさがある。

 また、材料も無数に必要であり、拠点もなくふらついていることに利点などない。

 にもかかわらず、俺は工房を持とうとしなかった。

 その結果が、あの日だった。

 とうとう路銀が尽きて、俺は行き倒れになってしまったのだ。


「そんな俺に、一晩の宿と食事を与え、歓待してくれたのが慈善家の貴族──ヨハン・テレジア。つまりこいつの、父親だった」

「そうだ。そのとき私は十四才……花も恥らう乙女だった……」


 乙女って……

 よく恥ずかしくないな、自分でそんなこと言って。


「ヘルメスも、自分を超抜級の錬金術師とかいうから、あんまり変わらないわ」

「言ってくれるじゃねーか、魔女っ子め」


 まあ、それはいい。

 とかく、借りたものは返さなければならない。

 錬金術の基本は等価交換だ。

 だから俺は、受けた恩義に報いるべく、彼のもとに一時いっとき逗留した。

 ヨハンの屋敷には、以前三流の錬金術師が使っていたという工房があって、有効活用させてもらったのだ。

 珍しく勤勉に、大真面目に錬成に励んだ俺は、彼にたくさんの贈り物をした。


「ふつうに売っていれば、こんくらいだな」


 俺は人差し指を一本、立てて見せる。


「1万ポンド?」


 首をかしげるステラに、俺は頷いてみせた。


「1000万ポンドだ」

「!?」

「俺を誰だと思っている? 世紀の錬金術師、ヘルメス・サギシトリマスだぞ? いや、そんときはヘルメス・フラメルを名乗っていたような気もするが……ともかく、賢者の石に不老の薬エリクサ! ホムンクルス! いろいろつくったさ」


 そしてその中に、惚れ薬もあったのである。


「ヨハンにはのち添えがいなかった。母親がいないというのは、小娘には物足りないだろうと考え、俺は惚れ薬を作った」

「……ヘルメス、その考え方、ふつうに最悪だと思うから、改めたほうがいいわよ」

「とうとう俺を最悪呼ばわりするようになったな、おまえ」


 まあ、ステラが吐き気を催している理由もわかる。

 人間の愛や恋など、しょせん脳内物質の差異に過ぎない。

 それを理解していても、感情を神聖化する気持ちは、わからなくはない。


『ご主人。それ理解しているのは、ご主人だけだからな。この時代の知識じゃないからな、それ』


 繰り返すなよ、わかってるから。


「ほかにも理由があった。マリアが」

「私を、幼子のように呼び捨てにするな! これでも、まもなく家督を継ぐのだ!」


 ……じゃあ、なんて呼べばいいんだよ。

 テレジア卿か?


「まあいいや。それで、同じころヨハンは、俺にこんな依頼をしてきた。『妻に続いて娘を失うことは耐えがたい。だが、娘は顧みずなところがある。あれを守る、最強の騎士は融通できないか』──とな。俺は最後の恩返しにと、その望みをかなえた」

「え? まさか」


 ステラの視線が、マリアの隣に立つ全身甲冑へとむけられた。

 微動だにしない──いや、

 俺とマリアは、同時に頷いていた。


「そうだ。その騎士は俺が作り出しただ。おい、いい加減喋れよ、俺は疲れたぞ」

『──自分の主は、いまやあなたではない。その命令に、従う必要性が存在しない』


 俺の問いかけに、その騎士は岩のような声音で答えた。

 石や木を叩いたときに出てくるような音──声とも言えない声。

 ステラが、怪訝そうな顔をする。


「ひと……じゃない!?」


 さすがは最後の魔女、敏感に感じとったらしい。

 俺は頷く。


「ヘルメス謹製の人造存在。素体ナンバー7694番。通称〝エリヤ〟。こいつは──

「そして私は、このゴーレムに恋をしてしまったのだ……っ」


 マリアが、怒りに双眸を歪め。

 俺を、怒鳴りつけた。


「おまえの作った惚れ薬で、私はエリヤなどに心奪われた! 六年……六年もおまえを探し続けたんだ。この責任は──必ず取ってもらうぞ、ヘルメス!」

「──主がそう言っている。自分は主命に従う。その命、存在、もらい受けるぞ」


 次の瞬間、ゴーレムが背中から抜剣。

 俺へと、イカヅチのような速度で襲い掛かってきて──

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