目撃少女

めがみこうご

第1話

意識を取り戻すと私はセダンの助手席に座っていた。

窓の外は暗く雨がフロントガラスを叩いていた。

「気がついたか?」

見ると中年のおじさんが険しい顔をしてハンドルを握っている。

「あの。。。おじさん、誰?」

「ん?覚えてないのか?」

そう言われて、これまでの経緯を思い出そうとする。と、後頭部がひどくズキズキして、思わず手を回した。

指にヌルリとしたものがついた。

あわてて指を見ると、血がついていた。

「な、何、これ。血じゃない!」

「さっきはひどく殴られたからな。とりあえずこれで押さえるといい。」

男がハンカチをよこす。

私はそれで傷口を押さえた。

その様子を見ながら、男が言った。

「あー、たいした傷じゃないみたいだ。よかった。とにかく今は署に行くのが先決だ」

「署って?」

「決まってるだろ、警察署だよ」

「どうして?警察署に?」

「ほんとに覚えてないのか?」

「うん。思い出せない。思い出そうとすると頭がズキズキするの」

男が心配そうに私の顔を見る。

「まいったな。さっきの打撃で、一時的に記憶喪失を起こしたのかもしれない…。自分の名前は言えるか?」

「名前?…あ、神山香那…」

「年は?」

「16」

「先週、山下公園で起きた殺人事件を目撃したのは覚えてるか?」

そうだ。思い出した。私は目撃したのだ。

夜中に山下公園の人気のないあの場所で、男の人が拳銃で撃たれて殺されたのを。

友達と遅くまで遊んで、家に帰る途中たまたま公園を通った時に見てしまった。

犯人の顔も見た。

向こうは私に気がつかなかったけど、私は怖くて家に帰って布団をかぶって寝てしまった。

次の日テレビで殺人事件のことが報道されていて、ますます怖くなって、学校も休んじゃって…。

すごく悩んだけど、警察に電話したのだ。

そして、警察の人が私に会って話を詳しく聞きたいというので、指定された場所に行ったのだった。

関内にあるビルの空いた部屋だった。以前はオフィスが入っていたらしいが、今はがらんとしていて、電気もとおっていなかった。

そこに、電話で話した「警察の人」がいた。

夜7時にそこで待ち合わせだったから、中は暗かったけれど、街の明かりが窓から差し込んで、「警察の人」の顔も見えた。

30代ぐらいのスーツを着た背の高い男の人だった。

「神山華那さんですね。私は横浜中署の都筑です」

そう言ってその人は警察手帳を見せてくれた。

「こんな場所を指定してすみません。実は、うちの中署の警官に、例の暴力団に内通している者がいるので、署で会うのは危険かもしれないと思ったんです。もしかしたら、相良を殺したのはうちの署の警官かもしれない。」

都筑というその「警察の人」は、説明を続けた。

「相良は指定暴力団『石山会』の組員で、関内地区の麻薬の売買に関わっていたんです。数年前から相良は、うちの署のマル暴の刑事の何人かと組むようになり、取締の情報を提供したり、押収された覚せい剤を横流ししたりし、その見返りに『石山会』から多額の報酬をもらっていた。」

「ところが、この報酬の金額のことで、悪徳警官と『石山会』の間がこじれて、その間に立っていた相良が双方の言い分に挟まれて精神的にも追い詰められましてね。ついに切れて、その悪徳警官のことをあらいざらい警察に話すといいだしたんですよ。それで相良は消されたというわけです。」

「はあ…」

「ところで、電話で聞きましたが、華那さんは犯人の顔を見たんですよね?」

「はい」

「そのことは、ほかの誰かに話しましたか?」

「怖くて…誰にも話してないです」

「そうですか…それは、よかった…」

そう言うと、都筑という「警察の人」は、いきなり私の腹を殴った。

「!」

痛くて腹を押さえてかがんだとき、後頭部に衝撃があった。

倒れた。

意識が薄れていった。

薄れていく意識の中で、拳銃の音を聞いた。

パン。

重く閉じて行くまぶたの隙間の向こうに、都築さんが血を流して倒れていた。開いたその目には生気がなかった。死んだんだ。

そして、そこにもう一人の男の人が近づいてくるのが見えた。

気だるそうに、拳銃をぶら下げて。

その男は。。。

はっ。

(この人だ!今運転しているこの人!)

「あなたは。。。誰なの?」




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