【終】Ⅰ『色輝く決意』


〇 〇 〇


「かしこまりました。そのように致します。」


 ミランダとの通信を終了させると、バトは陽介を担いだ状態で進路変更を開始する。目的地をシェルターから指定された場所に経路を繋ぐ。

 瓦礫などの障害物回避を踏まえた最短距離を検索。無駄を省くと視界に専用の仮想レーンを組み込む。

 目の前に敷かれた道を辿るように一切の迷い無くバトは走り続けた。


「あの、すみません。」

「はい。何か?」

「そろそろ下ろしてくださ、」

「ダメです。」


 ぴしゃり、と拒否するバトに現在も米俵の如く担がれている陽介は「ですよねぇ」と力無く項垂れる。

 いつまで続くのだろうか?と不安を抱く陽介に対してバトは内心歓喜に震えていた。


 この人物ならば、きっとシオン達の背中を押してくれるに違いないという確信が持てたからである。

 預かったギアとリングを託せる存在との出会いに運命を感じながらバトは突き進んだ。

 陽介の選択が自分の期待に応えてくれることを信じてバトは『もう一つの戦場』へと向かった。


〇 〇 〇


 歌が、聞こえた。


 陽介は必死に身体を起こす。無理に首を向けると視界に入り込んだのは別の戦場である。

 歌を掻き消そうとする地響きが鳴り止まない。【青】と【緑】が其処で懸命に戦っている。

 立ちはだかるのは【災厄】を具現化した三匹の巨獣だ。先ほど出会った巨獣とは異なる姿で反撃していた。


 【青】と【緑】は決して諦めなかった。【青】は無数の剣を生み出しては飛び道具のように操って攻撃し、【緑】は斧で障害を粉砕するように攻撃を仕掛ける。

 歌声が強くなる度、陽介は胸に痛みを覚えた。その旋律は苦しく、悲しいものだった。

 胸が張り裂けそうなほどの想いが込められた歌を無言で聴き入ることしか出来なかった。


「貴方様には無関係ですが見届けて頂きたいのです。彼らの『覚悟』を。」


 バトは陽介に告げるや否や、ゆっくり立ち止まると彼を静かに下ろした。直後、陽介は慌てて駆け寄る。

 何処かのビルの屋上であろう。見通しが良く、落下防止対策の金網が周囲に張り巡らされていた。

 陽介は金網を鷲掴みする。安全地帯から食い入るようにその戦場を眺める。


 情けなく立ち止まって佇んだままで良いのか?

 【青】と【緑】の戦う姿を見ているしか能が無いのか?


 陽介は唇を噛み締めた。血が滲み、口内を満たし、舌が鉄錆の味を感じようとも強く噛んだ。俯きそうになった顔をもう一度上げる。


 どうすれば、障害を打ち壊せる?

 どうしたら、辿り着きたい道を切り開ける?


「何をお考えになられているのです?」


 背後から聞こえた声に陽介は息を呑む。振り向くと其処には真剣な面持ちのバトが立っていた。


「もしや、あの方々を助けたいと?お止しなさい。貴方様はただの一般人です。無闇に進んではいけません。」

「確かに、そうです。」

「ならば何故、」


 この茨の道を突き進みたいと思っているのですか?と問い掛けるバトに陽介は目蓋を閉ざして自身の胸に手を当てる。

 「目の前で戦っている彼らを無視するのは出来ない!」とか、「人知れず戦ってきた彼らの力になりたい!」とか思い付く限りの理由や動機を挙げていく。

 もう一度、再考する。だが曖昧模糊とした理由ばかりで高潔な動機など皆無だ。


 それでも無視は出来ない。傷付きながら今も戦い続ける【青】と【緑】から視線を逸らして逃げるなど以ての外である。


「俺は、自分自身の可能性を信じたいのです。」

「それだけのためですか?」

「はい。色々考えました。でも最終的には『自分の可能性を信じたい!』になりました。」


 砂利粒のような可能性があるならば信じたい。

 代償が必要な奇跡があるならば縋りたい。


 揺るぎない決意を青い瞳に秘めて陽介は答える。そんな彼にバトは満足そうに微笑んだ。


「やっぱりお前はオレが見込んだクールな奴だぜ。」


 それは幻聴と幻視に相応しい一瞬であった。バトの声が、言葉が、表情が別人に摩り替えられていた。

 刹那と呼ぶべき出来事は緊迫した状況が生み出したに違いない。次の瞬間、バトはいつものバトに戻っていた。


「貴方様でしたら、彼らと新たな一歩を踏み出して下さるでしょう。遅くなりましたが私はバトと申します。以後、お見知り置きを。」


 バトは片手を差し出すと左手の平を空へと向ける。手の平からカメラレンズと思われるパーツが出現し、其処から光が放たれた。

 光が立体映像として構築され、浮かび上がってきたのはウサギのような長い耳を持つ一人の女性である。

 突然の出来事に陽介は驚く。対して女性は厳かな表情を浮かべたまま口を開いた。


『初めまして、私はミランダ・リーノ。シオン達の司令官を務めています。』

「は、初めまして。陽介と申します。」

『盗聴という形で申し訳ないけど先ほどの会話、聞かせて頂きました。』

「えっと、すみません。出しゃばった真似をしました。」


 頭を下げる陽介にミランダは一呼吸置いてから本題に入った。


『単刀直入に言うわ。もし力が手に入るとしたら、』


 君は受け取れる?と訊ねるミランダに陽介は戸惑う。


『失礼、では言葉を変えましょう。陽介くんは何のためにならば戦える?』

「えっ?」


 動揺を隠せない陽介を他所にミランダは言葉を続ける。シオン達には戦う理由があることを彼に語り聞かせた。


 一人は一族の誇りのために。

 一人は一族への償いのために。

 一人は過去の清算のために。

 一人は過去との決別のために。


 各々の理由とともに彼らはリーダーと呼ぶべき人物を待ちながら地球のために戦っている、とミランダは告げる。


『では貴方は、』


 どんな理由で戦うの?と訊ねるミランダに陽介は言葉を詰まらせた。出端を折る、とはこの事だろう。

 だがミランダの言葉からは敵意や悪意は感じられない。敢えて憎まれ役を買って出た彼女の『覚悟』だ。


(きみ、は、どう、すすむ、したい?)


 ヴァネッサの言葉が心を包むように紡がれる。


 『何が出来るのか?』ではなく、『何を覚悟するか?』を考えるべきであったと陽介は今になって気付く。


 戦う『覚悟』だけでなく、守る『覚悟』も見てきた陽介は考えを改める。

過去が無い自身には現在と未来のためにしか動けない。地球のために戦うというのはさすがに手に余る。

 しかし目の前で困っている誰かを助けることは出来る。隣人のために不利な状況を打破することは可能だ。


 ならば理由は自ずと見えてくる。陽介は落ち着いた口調でミランダの問い掛けに答える。


「戦うよりも守りたいです。」


〇 〇 〇


「守る?」


『はい、誰かを守って誰かの希望になりたいです。攻撃が最大の防御ならば、防御は最大の攻撃です。』


 《アンノウン》の脅威から多くの人を守りたい。絶望を振り撒く災厄と戦いながら誰かの希望になっている彼らの歌を守りたい。

 もし自身に力を手にする資格があるならば、そのために使いたい。その力で多くの人を助けたい。


 想いを込められるだけ込めて答える陽介に千鳥は「マジかよ」と驚き、ラルゴは目を丸くし、フォルテは「物凄い天然記念物級ね」と呆れていた。

 千鳥達に対してミランダは【既視感】に動揺し、言葉を失っていた。


 攻撃よりも防御を重視し、人命救助を最優先にしていた『愛しい灰色の彼』を彷彿とさせる解答に栗色の瞳から涙が溢れそうになる。

 だが今は過去を振り返っている場合ではない。涙を必死に堪え、務めを果たすという意志で心を塗り固めた。


 画面の中では緊張した面持ちの陽介が待ち続けている。僅かな時間であっても公私混同してしまった自分に苦笑してからミランダは陽介に顔を向けた。


「一般人にしてはまずまずね。」

『ヒーローが口にしそうな万人向きのスッゴイ理由とか思いつかなかったので。』

「一先ず、及第点としましょう。バト、【例の物】を彼に渡して頂戴。」

『はい、ミランダ司令官。』


〇 〇 〇


 バトは右太腿の装甲を開放する。スライドの如く装甲が移動し、内部を構築する骨組や回路の代わりに現れたのは収納口であった。

 左手は立体映像を翳したまま、空いている右手を収納口に差し入れる。

其処から取り出したのは紅色のラインが入ったリングと紅色の歯車(ギア)である。


「貴方様に此方を託します。お受け取りください。」

『バックアップは私達が行います。シオン達の所に急いで向かって欲しいの。』


 バトと、バトが手に持つ【力】と、立体映像のミランダに陽介は青い瞳を向ける。

 受け取って良いのか?と悩む暇はない。固唾を呑み込むと陽介はリンクリングとギアを受け取った。


「リングを腕に装着されましたら、ギアを紅色のラインに翳してください。」


 バトからの指示を受けるまま陽介はリンクリングを腕に付け、ギアを紅色のラインに翳した。

 ギアは粒子となってサラサラと分解され、紅色のラインに吸収されていく。

全て吸収すると褪めていた紅色のラインが鮮やかさに光り出した。


「発動には認証コードが必要です。【colore brillante.】と唱えてください。」

「わ、分かりました。」


 陽介は深呼吸してからバトから教わったパスワードを口にする。


「コローレ・ブリランテ!」


 紅色のラインが強く輝き始める。ギアを吸収したリンクリングが白銀の歯車と紅色の歯車を形成し、陽介の手首を囲んだ。

 その形状はピアノの鍵盤そのものである。二色の歯車が合わさった瞬間、陽介の身体は白銀の光に飲み込まれた。

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