【急】Ⅴ『アイアンバトラー』


〇 〇 〇


「せくはら!」

「痛い痛い痛い!何で?何で?」


 ぺちぺち、ぽかぽか。


 触られた箇所が気に入らず、猫パンチで抗議する仔猫のようにヴァネッサは物理的反論をした。彼女の言動に陽介は困惑する。

 気付いた時には巨大な《アンノウン》は活動を停止させていたのだ。


 ヴァネッサに寄り添って一緒に大鎌を持っていることに疑問を抱く隙も無く鉄拳をお見舞いされた。

 状況を把握出来ず、動揺を隠せない陽介だが今は成す術も無く彼女からの猫パンチを受け入れるしかなかった。


「〝この愚か者め!不敬極まりない!〟」

「イタタタタ!冗談抜きで痛いです!止めてください!」


 幸い、大鎌の刃は向けられずに済んでいるが痛いことに変わりはない。


 片手で大鎌の柄を握り締めたまま、もう片方の手でぽかぽかと殴り続けるヴァネッサに堪え兼ねた陽介は彼女の手をやんわりと制止する。

 すっぽりと収まる細くて小さな手に陽介は思う。自身はこの手に今まで守られていたのか、と。

 エミリアだけでなくヴァネッサも守ってくれた。対して自身は何も出来なかった。


 陽介は不甲斐ない自身への怒りを抱き、自身の無力さに悲しみを覚えた。


「〝気安く我に触れるな!不敬であるぞ!〟」

「散々殴っておいて、その言い方はないじゃないですか!気まぐれにも程がありますよ!」


 まだ猫ちゃんの方が可愛げありますって!と陽介は謎の抗議をする。

そんな彼の言葉にエミリアは驚愕し、ヴァネッサは唖然とした。内容以上に『ある部分』に対してである。


「〝貴様、我が母星語の【シュミリュン語】を理解出来るのか?〟」

「すみれ語?何だかよく分かりませんけど片言だったり流暢だったり喋るなら統一くらいは、うわっ!」


 ヴァネッサへの抗議を続けようとした陽介は突如、引き離されて軽々と持ち上げられた。

 巨大な《アンノウン》が再び活動を始めたのかと驚く彼の青い瞳に入り込んだのは銀色のアンドロイドである。


 執事と呼ぶに相応しい上品な出で立ちのアンドロイドはライトシアンのオプティックを陽介に向けた。

 まさに【未知との遭遇】だ。アンドロイドが放つ雰囲気に陽介は息を呑む。


 一言で言い表すと【生々しい】のだ。


 装甲の下に人間が入っていてもおかしくない。目の前のアンドロイドはそう感じてしまうほどに躍動感に溢れていた。

 例え、盗賊に略奪された米俵のように担がれている状態であっても、そのような印象を抱いてしまったのだ。


「失礼、ジェントルマン。此処はとても危険です。お早めに避難を。」

「バト、遅い!今まで何してたのさ!」

「申し訳ありません、エミリア様。諸々の対応に追われておりました。」

「ばと!かれ、どっか、の、しぇるた、いれる、する!」

「そのように致します、ヴァネッサ様。」


 二人の呼び掛けに答えるとバトは深く頭を下げてから陽介を抱えた状態でその場を走り去った。

 任務遂行中の彼女達から遠ざけるように、そして陽介を安全な場所へ避難させるようにバトは突き進んだ。


「ぎゃあああ!速い速い高い速い高い怖い!」

「ははは、大丈夫ですぞ。必ずや貴方様をお守りします故。」


 不憫で間の抜けた悲鳴と妙に弾けたバリトンボイスが周囲に響き渡る。


 会話の内容からして建物から建物へとニンジャの如くジャンプで移動しているのであろう。

 一度に二難も去ってくれたことに安堵しつつ、エミリアはヴァネッサの傍に歩み寄る。


「やっと来てくれて本当に助かったよ。」


 邪魔者がいなくなって清々したと言わんばかりに喜ぶ彼女に対してヴァネッサは呆然と立ち尽くしていた。

 ヴァネッサの母星語であるシュミリュン語は発声器官の構造上、惑星シュミリュンの出身者でなければ扱えない言語だ。

 シュミリュン人でなければ話すことも、聞き取ることも出来ない。それなのに何故、彼は扱えたのか?


 理解に苦しむヴァネッサの隣に居たエミリアから余裕が消える。彼女の雰囲気が一変し、殺気立った空気を纏い始めた。

 ヴァネッサの聴覚が鈍い轟音を捉えた直後、甲高い奇声が空間を支配する。


 二人は振り返る。其処には致命傷と言うべき損傷部分を修復しながら立ち上がろうとする巨大な《アンノウン》の姿があった。


「あの木偶の坊、まぁた来やがった。」

「しつこい。」

「さっさと片付けよう。今ならば、」


 勝機はある。


 エミリアの言葉にヴァネッサは頷く。迫り来る巨大な《アンノウン》を見上げると二人は得物を構えた。


 共に歌い、そして共に《共鳴》する。


 増幅された歌力によって自我を飲み込まれないように意志を強く保ちながら強敵を見据える。

 障害を撃ち、絶望を斬るために彼女達は地を蹴り上げた。


〇 〇 〇


「千鳥。」

「は、はい、ミラさん!いえ、ミランダ司令官!」

「さっきの戦闘、記録した?」

「こ、此方になります!」


 ミランダからの指示を受けるや否や、千鳥は慌てて戦闘の一部始終を記録したデータをメイン画面に表示する。

 厳しい表情で戦闘映像を見つめた後、ミランダは数値が記録されたデータに目を向ける。


 青年とヴァネッサが放った攻撃から一瞬だけ桁違いのスピリチュアル・サウンドが出現した。

 通常の攻撃からは出ず、《暴走》とは異なる出力である。確実に戦闘力が飛躍的上昇を遂げたのだ。


「あれがレイの言っていた《共鳴》なの?」


 片鱗を示した青年にミランダは考える。青年との接触をすべきかどうか、を。


 青年とヴァネッサの共闘直後、シオンとベンジャミンの居るSエリアから応援要請を受けた。巨大な《アンノウン》が出現したとのことだ。しかも三体である。

 エミリアとヴァネッサは現在も交戦中、応援のためでも向かわせるわけにはいかない。では、どうする?


 今の青年は秘匿の対象である。黙秘の誓約書にサインを貰うのも、接触した記憶を消して日常に戻すのも容易い。

 もしも自分が青年に接触することになれば一般人には過酷過ぎる茨の道を歩かせることになる。


 司令官として上に立つ自分の選択に間違いなどあってはならない。間違えればシオン達のみならず多くの人間に迷惑がかかる。その可能性は十分にある。

 だが同時に【彼】のために今も足を止めているシオン達に再び道を歩かせるきっかけにもなり得る。

 時間の許す限り長考に耽る。考えに考えた末、ミランダは決意を固めた。


「バト、聞こえる?」

『はい、司令官。』

「予備のギアとリング、持ってるでしょ?アンタ。」

『はて、何のことでしょうか?』


 私にはさっぱりです、と誤魔化すバトにミランダは眉間に皺を寄せた。


 様子を窺うために敢えて知らないふりをしてきた彼女だが、こうまでして尻尾を出そうとしないことに苛立ちを覚える。

 さすがに潮時だ。ミランダは深い溜息を吐いてから口を開いた。


「おっちゃん、聞こえてんでしょ?」

『あれ?もしかして、バレちゃってた?』


 メイン画面の片隅に表示されたのは困ったように笑う灰沢の顔であった。


 状況を把握出来ずに千鳥達は困惑する。灰沢の背後ではレイモンドが両手を合わせて「ごめんね、ミラ姉!皆!」と言わんばかりに頭を下げていた。

 ラビッツァ族の聴覚力であれば、どんな微かな物音でも瞬時に聞き取れる。

 

 如何に切羽詰まった状況に直面しても灰沢が指令室を立ち去ったことくらい察していた。

 そして今までの間、指令室でのやり取りを盗聴しながら裏でコソコソと何かを仕込んでいたこともお見通しだ。


「何年の付き合いだと思ってるの?アタシを出し抜けるのは【彼】か『あの人』だけよ。」

『さすが、ミラちゃん!侮れないねぇ!』


 いやぁ参った!御見逸れしました!と胡散臭い驚き方をする灰沢に頭を抱えつつもミランダは本題に入る。


「青年に助力を仰いでみようと思うの。」


 灰沢の表情が変化する。先ほどとは打って変わって厳粛に事態を対処しようとする科学者の表情へ変貌を遂げた。


『本気なのか?ミランダ司令官。身元不明の相手だぞ?』

「ドクター灰沢。パープル・ギアの出力をご覧になられたじゃありませんか?」


 他に何をお見せすれば了承を頂けるのでしょうか?と問い掛けるミランダに灰沢は無言になる。

 彼の背後に立つレイモンドは「二人とも!こんな時に何言い合ってるの!」と言いたい様子で慌てふためいていた。


 不穏な空気が灰沢とミランダを包み込む。彼女の決意に灰沢の心は揺れ動いていた。

 数字は裏切らない。数字こそ証明である。その確固たる証拠を見せたのが何を隠そう、素性が謎の青年だ。

 ゴーサインなんて出すわけにはいかない。出せるはずがないのにミランダの提案に賛同したくて仕方なかった。


 スピリチュアル・サウンドを保持しているかもしれない。それ以上に、あの青年から今も帰らない息子の面影を見てしまったのだ。


『もう一度聞くよ。本気なんだね?』

「【彼】や『あの人』ならば、もう接触しててもおかしくありませんよ?」


 灰沢の問い掛けにミランダは問い掛けで返した。本当は貴方も同じ気持ちでしょ?と訊ねるような言い方をする彼女に灰沢はくつくつと笑ってから答えた。


『それじゃ、まずは会ってみましょうかね!』

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