【破】Ⅲ『捨てる正義の味方あれば拾う紫あり』


〇 〇 〇


 今日は何の変哲もない休日を過ごすはずだった。


 数体の《アンノウン》に追い詰められた父親は幼い息子を強く抱き締めてガタガタと震えていた。

 倒壊した建物の壁を背に父親は恐怖で号泣する息子を必死に庇いながら涙目で《アンノウン》を睨み付ける。


 やっとの思いで掴み取った有給休暇で息子と出掛けていただけなのに何故?と現実に問い掛ける。

 家族の幸せを守りたかっただけなのに何故このような仕打ちを受けなければならないのか?と現状に訴える。


 《アンノウン》の出現を告げる警報が鳴ると同時に父親は息子を抱き上げて死に物狂いでシェルターを目指した。

 だが何処に行ってもシェルターは入ることすら困難なほどに混雑していた。他のシェルターを探し続けた。その度に《アンノウン》から逃げ回った。しかし遂には避難出来ず、息子とともに父親は《アンノウン》に囲まれてしまったのだ。


 息子と過ごせなかった時間を取り戻したかった。

 家事や育児に追われ続けた妻をゆっくりさせたかった。


 仕事を成功させるために身を粉にして働いた末、家族を顧みなかった『代償』を前に父親は後悔する。

 何かが砕け散る音で父親は我に返った。視線を向けると息子に買ってあげたおもちゃがじわじわと近付いてくる《アンノウン》に踏み潰されていた。


 日曜日の朝に放送されているヒーロー番組で主人公が装備する変身アイテムだ。息子の笑顔が見たくて奮発したことを思い出して彼は苦笑する。

 目と鼻の先にあるシェルターへ逃げ込もうとした直前、足が縺れて転倒した拍子で息子が肌身離さず持っていたおもちゃを手放させてしまったのだ。

 その上、まるで隙を狙っていたかのように《アンノウン》に囲まれてしまったのだから笑えない話である。


 自分は弱い者を助ける正義の味方ではない。

 悪を退治して世界の平和を守るヒーローでもない。

 会社で汗水流して働くサラリーマンでしかない。


 死にたくない。死ぬわけにはいかない。その結末だけは避けたかった。可能であれば運命を変えたかった。

 自分と息子に与えられたのがこんな終わり方だなんて信じられない。絶対に信じたくない。悔しさのあまり涙を流しながら父親は《アンノウン》を見上げた。


 身動き出来ない親子に一歩ずつ近付く度、《アンノウン》の群れは身体をゆらゆら揺らす。殺し方を考え込んでからゆっくりと両手を上げた。

 もう死ぬしかないのか?と死を悟った父親は固く目蓋を閉ざして腕の中に居る息子を強く抱き締めた。


 《アンノウン》達は両手の平を変形させて鋭利な刃物のように尖らせると親子を串刺しに、しなかった。


「?」


 父親が目蓋を開けると視界に飛び込んで来たのは一時停止をしたかのように硬直し、白く変色する《アンノウン》の群れだった。


 何が起きたのだ?と戸惑いながら見上げる父親の目の前で《アンノウン》は身体を大きく揺らすと倒れ込んだ。

 アスファルトの上で粉々に砕け散る刹那、《アンノウン》達の首と胴体が綺麗にすっぱりと切り離されていることに父親は気付く。


 例えるならばギロチンで斬首された罪人である。父親は驚くが周囲を見渡して《アンノウン》がいないことを確認すると息子を抱えてシェルターに駆け込んだ。

 今も泣き続ける息子を宥めながら《アンノウン》の遺体を見せないように、守り抜くと誓うように父親はしっかりと我が子を抱き締めた。


 急いでシェルターに避難する親子を紫の少女は建物の屋上から見届けると《アンノウン》達の活動を停止させた大鎌の柄を握る。

 そして建物から建物へと飛び移るように跳躍した。細い両足から想像出来ないような飛躍力を披露しながら彼女は或るポイントを目指して駆ける。


『ヴァネッサ、そっちはどうよ!』


 途端に繋がる通信を少女は渋々と答えた。


「えぬ、えりあ、かんりょう。えみ、は?」

『Wエリアの状況、分かってて言ってるでしょ!あっちもこっちも《アンノウン》だらけよ!』

「がんばれ~。」


 ぶつり、とヴァネッサはエミリアからの通信を容赦なく切った。何事もなかったようにヴァネッサは気まぐれな猫の如く軽やかに建物を飛び越えていく。

 ミランダからはWエリアを担当するエミリアの援護に向かうように指示されたが相手が《アンノウン》であれば特に問題はない。


 大袈裟過ぎる、彼女一人で十分なくらいだ。鎮圧が完了したNエリアと同じくらい興味はない。

 今はシオンを怒らせたという一般人が居るEエリアに関心があった。さてどうなることやら、と口元を上げた後にヴァネッサは足を止めると何かを思い付いたように通信を繋げる。


「はぁい、ちどり。」

『何だよ、花の巫女。さっさと援護に行けよ。』


 ミラさんが上層部の対応で気付いてない内に早くしろ、と口悪く告げる千鳥にヴァネッサは言葉を続ける。


「さっき、の、おやこ、しらべる、する。あと、おもちゃ、おくる、てはい、する。」

『お前、あの親子が自分と同じシュミリュン人だからって甘過ぎないか!』


 同族に世話焼くのも大概にしろ、と小声で怒鳴る千鳥にヴァネッサはぷくぅと頬を膨らませた。


「もんく、いう、しない!はりあっぷ!」

『ラルゴ、バトンタッチ!この我が儘巫女様、俺じゃ対処しきれねぇわ!』

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