第108話 この理不尽な世界を生きる。

「紹介するね。右から、長女アンジェリナ。次女の私。そして三女マドリーナ。それからパパのアントニオとママのポーラ。それからおじいちゃんのマキシミンとー…」

 夕方になり、食卓に集まった家族を次々と紹介していくジョアンナ。初めて目を覚ました時から無駄に広い屋敷だとは思っていたが、これだけの大家族なら納得だ。


「えー…っと。」

「まぁ、食べながらでもゆっくり話そうじゃないか。」

 一番最初に声をかけてくれたのはジョアンナの父親のアントニオ。青い髪の温厚そうな人だ。


「さて…アルク君、だったかな?プオリジアじゃ見ない珍しい格好だね。外の大陸の輸入品かい?」

「いや、えーと…。」

 やはり、真っ先に指摘されたのはこの服装だった。着慣れたイービストルム大学の学生服でもこの時代じゃ未知の化学繊維をふんだんに編み込んだオーパーツだ。答えようによっては後々面倒なことになるかもしれない…。


「まぁこの服は…。」

「どこの織物なんだい…!?気になるねぇ…!」

 キラキラと目を輝かせながら俺の服装を引っ張るのはジョアンナの母親のポーラさん。ちょっとふっくらした器の大きい人だ。これはどう言い返すのが正解なのだろう…。


「……、お、俺は……、ああぁぁぁ…!!!頭が痛いいぃぃ……!記憶があぁぁ……!!無いっ…!!」

「どうした…?大丈夫か!?」

「なんだって!?記憶がないのかい!?」

「全く無い!記憶喪失だ!」

 結局、俺はそんな感じ嘘をついて誤魔化す事にした。具体的な状況を聞かれる度にあとから色々付け足して、マロックに襲われたショックで記憶喪失になったとかそんな設定になった。


「記憶喪失…とは何ですか?上のお姉様。」

「…さあ?記憶喪失とは何かしら?ジョアンナ。」

「何だろうね?マドリーナ?」

三女のマドリーナが長女のアンジェリナに尋ね、長女のアンジェリナが次女のジョアンナに尋ね、次女のジョアンナが三女のマドリーナに尋ねる。

 ちなみに紺色の髪で貴婦人風のセレブな格好をしているのが長女アンジェリナ。青い髪でアホっぽい顔をしてるのが次女のジョアンナ。それから黒髪の人見知りっぽい子が三女のマドリーナだ。目で覚えるのは簡単だが口にすると途端にややこしくなる。ちなみにチャフィー家は絶賛婿養子募集中らしいので俺はもしかするともしかするかも知れない…。


 それから俺はジョアンナと一緒に村の農作物や家畜を見に行ったり、俺に出来る事があれば何でもやるようになった。このバカみたいに騒がしい一家と過ごす毎日は俺に少しずつ現実を受け入れる気力を与えてくれた。


「相変わらず腑抜けた顔をしているわね。居候。」

「居候じゃなくてアルクだ。いい加減覚えてくれよ…。」

 ジョアンナがいない日は長女のアンジェリナがしつこく俺に絡んでくる。チャフィー家は貴族ではないが下流の貴族よりも金や財産を持っており、貴族に憧れる彼女はいつも目立つ衣装を着て貴族ごっこを嗜んでいるのだ。


「早く白銀と黄金文字を覚えなさい。青銅文字だけでは出世出来ないわよ。」

「そいつは忠告ありがとさん…。まだ青銅に手一杯で白銀のハの字も覚えられそうに無いけどな…。」

 いつ出会っても世知辛いな絡みをしてくるアンジェリナはおそらく俺と同い年か少し上くらいだろう。ジョアンナとマドリーナは俺より年下だが、無駄に元気なジョアンナとは対照的にマドリーナは無口で繊細だ。


「もうじき日が頂点に昇るわ。私はお茶会に招待されているからこれで失礼するわね。」

「はいはい…。お茶会でもお茶っ葉摘みでも何でも行って来いよー。」

 お茶会?に行くアンジェリナを見送った俺は腕を捲って文字の練習を再開する。


 マキハラに気をつけろ。

 マキハラに気をつけろ。

 マキハラに気をつけろ。

 マキハラに……──。


 ジョアンナから貰った日記帳に覚えたての青銅文字で執念深く同じ言葉を書き綴る。浅はかな考えかも知れないが、俺はこの言葉を未来へと託すことが出来れば─少なくともこんなクソったれな結末を変えられるかもしれないと、本気でそう思っていた。

 …根拠も何もない自分勝手な解釈でしかないが、こうでも思わなければ─こういう希望を抱かなければ今の自分がどうにかなりそうだった。


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「……もう夕方か。」

 灯りの少ないこの時代、日が落ちるともう外はほとんど何も見えなくなる。使える照明も大抵は消耗品なので夜は何もせず寝るのが得策だ。


「……まだ時間はあるな。」

 俺はふと、日が暮れる前にもう一度ライカの墓参りに行こうと思った。町はずれの墓地は遠く、夜道も暗いが俺にはスマホのライトがある。バッテリーは残り5%だが、どうせ圏外で使い物にならないならここで使い切るのも悪くないと思った。…もちろん護身用兼非常灯のブリンガーも携帯している。


「………。」

 墓地に着く。ジョアンナやアンジェリナと何度も往復して覚えた道だ。もう息切れはしていない。ここへ一人で来たのは、ただ単にライカと二人だけの話がしたかったからだ。


 ミヤモト・ライカ。

 俺は覚えたての青銅文字で彼女の名前を日記に書き綴り、それを見せる。


「…読めるかライカ。この記号っぽいのが青銅文字っていう庶民の文字だ。…他にも貴族や王族の使う白銀文字や黄金文字ってのがあって─…。黄金文字は魔法陣にも刻まれてるアレだ。まだ全然勉強してないけどな。…ちなみに俺の名前は─。」


 …アルク・マックィーン。変な記号だろ?と、俺はそこに居ないライカに笑いかけた。


「……正直、俺めっちゃ心細いよ。ネットもゲームも何もないこんな時代にさ、俺一人だけ取り残されるってのは死ぬほど寂しいよ。」

 誰にも打ち明けられない本心をぶちまける。…ジョアンナの過保護な両親を見る度に、実家の過保護な両親を思い出す。アンジェリナに絡まれる度に世知辛いネギシの事を思い出す。シャイなマドリーナに声をかけようとする度に、あの日救えなかったアンセルメアの事を思い出す。…それが堪らなく悔しくて、寂しい。


「……ここで初めて食った飯、なんだと思う?…血生臭い獣肉のステーキだぜ?あり得ないよな?血気盛んなアンタでもきついと思うぜ、あれは。」


 俺は香り付けすらされていない野蛮な料理の文句を垂れながら味噌チャーシューメンが食いたいと嘆いた。インスタントもレシピサイトも無いこの時代でラーメンが食える可能性は限りなく低いと嘆いた。…他にも低レベルな悩みを幾つも嘆いた。

 …この時代の誰でも共感出来ないような未来人の嘆きを、俺はライカにぶちまけた。


「…でも希望はあるんだ。聞いてくれライカ。未来はきっと変えられる。あのクソったれな結末をひっくり返せるかもしれないんだ。」


 俺は決意を固めた。


 未来で待ってる。

 彼女の遺した最期の言葉に、俺は報いたい。


 …だから待っててくれ。ライカ。

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