第十四話「絶望の瞬間へ、ファイヤスターの壊滅」


「はぁはぁはぁ…」


走ってからどれだけ経っただろうか、もうとっくにミゼッタの姿は見えないのにも関わらず僕達は足を止めること無く、何も無い荒野を走り抜けていた。

疲れ果てた体で皆必死に逃げていたが、意外にも一番最初に足を止め始めたのはエルシーだった。

能力を持ってるといえ、彼女も小柄で、か弱い一人の女の子なんだ、むしろここまで走った事が褒められるべきだろう。

僕も僕でさっきの怒りを無理にでも維持する事によって、ここまで走り抜ける事ができた、アレックスも風見もアクロスも、エルシーが足を止めるのを見て自分達も止め、全員がその場で息を切らしていた。

「ミゼッタ逃げられたのかな…」

「当たり前だ、あいつに鬼ごっこで勝てた奴なんて見た事ねえよ…あいつは生まれながらの天才能力者だからな」

「そうか、それなら良かった…」


走ってる中先頭に立っていたのはアレックスだった。どれだけ疲れようともリーダーとしての誇りがあるのか、全員を励ましながらここまで来れたのは彼のおかげと言っても言い。そしてその彼が自分よりも速いと言っているのだ、ミゼッタの心配を僕がする必要も無いだろう。


「あれ?誰か来ますよ?」

「おいおい…嘘だろ…」


アレックスは僕達を残して、少しずつ近づいてくる何かの方へ向かっていく。

その近づいてくる者と僕達の距離はかなり離れているが、とても人間とは思えないような速度で、砂煙を巻きながらこちらに近づいていた。

およそ千メートル、九百、八百、除除に見え始めたその怪物のような何かは数秒で百メートル付近になり、そのまま走り抜けてこちらにへと近づいていた。

薄薄見え始めたその化け物は肌が緑に染まり、髪がギザギザに逆立っていて、何より顔が不気味だ。


「おいおい!まじでこっちに来るぞ!敵がこっちに!いや…あれは敵じゃない、ジン様だ!………ジン様がこっちっ…」


僕達から少し離れた位置にいたアレックスの声は止まる。

いつの間にか彼の姿は僕達全員の視界から消えていた。

彼がどこに行ったのか、全員で辺りを見回し始める。そしてアレックスがどこにいるのか真っ先に分かったのはエルシーの信号によってだ。


「きゃああああああああああ!!!!!!」

「っ………!?なっ…」

「っ………!?」

エルシーに続き、アクロスと風見も何故か僕の方を見て驚嘆していた、いや正確に言えば僕を見て驚いていた訳じゃない、僕の足元を見てだ。

恐る恐る足元へと視線移そうとするが、足元を見る必要なんて無く、彼らが驚いた原因が一目瞭然に分かった。

何でかというと、僕のすぐそばには僕より遥かにでかぶつのジンが立っていたからだ、彼は僕の眼前で格好を付けながら腕組をして立っていた。

だけど不思議だ、エルシーのあの叫びやアクロスと風見の驚いた顔、確かに超速で僕達の方に駆け込んだのは少し驚きはしたが、そんなに叫ぶ程なのか?何故皆で驚いているんだ?


「いや~驚いたよ~君達急に走るんだもん、まあ天界(ヘブンゲート)に近づいてくれたのはかえって都合が良かったんだけどさ、こうやって無事に会えてよかった~もし失敗なんてしたらテンザー様に何言われるかわからないからね」


僕達を助けに来たと思わせる台詞だったが、最後の最後、彼は訳の分からない事を言い始めた。

―――テンザー様?怒られる?一体何の事を言ってるんだ?

僕はジンの方に体ごと視線を移すと正に足元だ、足元に何かが倒れているのが見えた。

いや、何かといったが理解が追いつかなかっただけだ、僕はその何かが本当ははっきりと見えていた。


「やあ~驚いちゃった?」


ジンはアレックスの顔を両足で踏みつけながら立っていたのだ。

アレックスは白眼で眉一つ動いていなかった。


「なっ…なっ…ど、どういうおつもりですか…ジン様…」


アクロスは喉を絞り出すかのようにして必死に喋っていた、眼からは涙がぽたぽたと流れているのがわかる。


「いやいやごめんね~まさか君達とは僕も思ってもみなかったよ…敵だと思ったらこんな結果に…君達になんて謝ったらいいか…」

「え…え?それは嘘…ですよね…」


僕の目の前に立っていたジンはにやりと不気味な笑みを浮かべると、すぐさまこの場所から消え始める。

次の瞬間「ゴキッ!」という鈍い音が地面一体に響き渡る。

消えたジンはというとアクロス、風見二人の首を、丸太のよう太く、血管が膨大に浮かび上がった腕で締めているのが分かった。


「うん、嘘だよ」


筋肉が付いた腕に巻きつかれていた二人の頭は、カクンとジンの腕に乗るように垂れ下がり折れた、その頭は白眼を向きながらブラブラと揺れ動いている。

それは一瞬の出来事だった、状況を理解しようとすればする程頭がおかしくなりそうだったので、真っ白になってゆく頭を流されるままに受け止め呆然と立っていた。だが、空想に浸っていられるのは一瞬の出来事である、エルシーの叫びと共に我に返る。


「きゃああああああああああああああああああ!!!」


ピントを現実世界に合わせると、さっきまで首を締め付けられていたアクロス、風見は地面で寝ている、本当に死んでいるのだ。

ジンはエルシーの元にゆっくりと歩きながら近づいていた。

エルシーもエルシーで動けないで足をカクカクと震わせ、泣きながら地面に尻餅をつけている。

ビーストキャットと戦った時の僕と風見と同じで逃げても無駄だと分かってるからこそ動けないでいるんだろう。


「ジイイイイイイイイイイイイイイイン!!!」

「はあ~そんな怒鳴らないでよ遠矢くっ…ぐぶっ」


怒りに狂った僕は右手で握り拳を作り、振り向き様のジンの腹を食い込むように殴る。

ジンは腹を抑え、痛がる素振りを見せた、能力が発動しているのなら今しか倒すチャンスはない。


「いや~今のは利いたよ…まさにテンザー様の読み通りだ…君こそこの世界の核となる存在だよ…」


二発目の攻撃も休む事なく、逆の左手でジンの顔面に向けて素早く殴りこむ。

だが、瞬間的速度で腕は捕まれ、宙で激しく勢いをつけられながら空中へと飛ばされる。

空に飛ばされながら必死にもがくが、地面に足がつくことはない。

どこまで飛ばされるのか、自分でも分からないままエルシーの方を見ながら飛んで行く。僕が飛んでいる間人は動けない彼女の頭をその大きい右手で添えているのが分かった。

何をするつもりなのかは分からないが、嫌な予感がするのは確かだ、奴が僕たちを生きて返すとは思えない。

何とか飛ばされた勢いは沈み、地面に足がつく、僕は走ってエルシーの元にまでかけよった、この距離でも能力を開放させている状態なら追いつくと思い、必死に走る。

「君は女の子だからね~あんまり苦しめたくないんだよね…」

「た…助けて…遠矢くん…」


―――ああ、今助けてやる。

走ってる最中、何か手はないかと思ったが、投げてどうにかなるものも、遠距離で攻撃できる能力も僕は持っていない。

エルシーを助け出すには唯一つ、奴をもう一度ぶっ飛ばすだけだ。

だが…。


「じゃあね~」


よせ…。


「よせ!!!!!!!!!!!!!!!」

「ゴキッゴキゴキゴキゴキ」


その音は風見やアクロスの時とはまた違い、体の隅々まで骨が折られる音で、最後には「グチャ」という生々しい音が鮮明に耳を通る。

僕が見ていたエルシーの体は人間のものとは思えないほどに変わり果てていた。ジンはエルシーの体を頭から地面にまで抵抗を無視するように、圧倒的な力で押しつぶしたのだ。

丸で子供が蟻を踏み潰すかのように無残に、冷酷で心を無くした悪魔のように。


「エル…シー」


僕は呆然と立ち尽くしていた、さっきまで真っ白になりかけていた頭が本当に真っ白にへと染まりつくす。

何も聞こえない、何も感じない。

僕はもはや生きる感覚を失ったのだ、死んでいった彼らと同じように僕の心はもうどこかにへと飛んでいた。


「ふふっ…はっはっはっはっは!」


前を見てみる、ジンは死体に成り果てた皆を見回しては狂気に満ちたように笑っているのが見えた。

聞こえない筈の音も悪魔の発する音だけは例外として耳に響く。

これは夢なんかじゃない、現実なのだ。


「はあ…さて」


ジンが右手をかざすと、ブラックホールのような黒い空間が出来上がる。

僕はその黒い混沌が何なのかを目の当たりにした事があった。

ジンはぐしゃぐしゃになったエルシーの体を両手で掴みブラックホールの中に放り込む、そして今度はアレックスのところへと歩き、腕を掴む。


「おいっ!よせっ!」


意識が戻った、僕はまだ死んでいない、やるべき事すらまだやっていないのだ。

ジンはアレックスの死体を持ち上げた後、不思議そうにこっちを見ていた。

「よせだって?ひょっとしてこの死体が欲しいのか?」

「黙れ!お前が触れていいもんじゃねえ、今すぐその手を放せって言ってんだ!」

「おいおい、あんま怒るなよ~僕だって本望じゃないんだ、頼まれてやってる事でね~死体はちゃんと処理しなきゃ、それに君もみたくないだろ?こんなグロい死体は…まあ僕にとってはただのボロ屑なんだけどさ」


本望じゃない?ボロ屑だと…。

ジンは握っていたアレックスの腕を体ごとブラックホール空間の中にへと投げ込む、アレックスの死体は何も音を立てることなくその空間にへと入っていった。

とてもじゃないが間に合わない、アレックスの体は一瞬にして消えた。


「くそがああああああああああああ!」


ジンに向かい再び攻撃を試みようとする、だが僕の攻撃が通る前にジンの拳が上から振って来る。

奴の腕の長さ(リーチ)は僕の二、五倍はある、先にどちらの攻撃が通るかは一目瞭然だった。

ジンの拳はハンマーのように僕の頭を体ごと地面にへと叩きつける。

強烈な痛みが身体を襲ったが、体が動かせないせいで痛がる事すら出来ない。

だが奇跡的にも意識は残っていた、いやこの状況だと無かった方が良かったのかもしれない。

ジンは僕を殺したと勘違いしたのか、アクロスと風見の下へ近づき、死体をブラックホール空間にへと入れる。

全て入れ終わった後、何故かそのブラックホール空間は姿を消した。

死体を処理するなら普通僕もあの中に入れると思ったのだが、こいつはそれをせずに僕の目前に座ってズボンのポケットから何かを取り出していた。


「ふう我ながら絶妙な力加減だよ、意識はあるみたいだね~」

「………」

「おいおいどうした~?何で黙っちゃったんだ?」

「殺せ…」


僕は死ぬ気でいた、いやむしろ死にたかったといってもいい。

アレックス、風見、アクロス、エルシー、彼らがいないこの世界で僕は生きる価値を失ったって訳だ。

それにもう怒る気さえ失っていた、何もかもがどうでもいい。


「僕は死にたいんだ、早く死にたいんだ、殺してくれ」

「ええ!?死にたいの?でも残念だったね…君の事を殺してってテンザー隊長には命じられてないんだよね~」

「殺せよ…」

「殺さない~」

「殺せつってんだよ!!!」


死なせたくない人達が殺され、死にたい時に死ねない、こいつの戦略かもしれないが僕はこれ程までに腹が立った事はない。

誰でもいいから僕を殺してくれ…誰でもいいから僕を殺してくれ…。

僕は目を瞑りながら念じ続けた、そうすれば誰かが勝手に殺してくれるんじゃないかと思ったからだ。

だがその望みは儚く消え、顔が宙に上がる、目を開けるとジンが僕の髪を引っ張り上げているのが分かる。


「悪いけどまだ寝てもらっちゃ困る、おねんねは帰ってからにしてくれよ~遠矢くん」

「くぅ…殺す殺す!ぜってえてめえを殺す!ぶち殺してやる!」

「是非殺してくれよ、まあまだ僕を殴る力が残っているのならの話だけど」

「くぅ…」


僕は腕をあげるのが精一杯だった、奴に攻撃をするどころか拳が届くかすら分からない。


「とりあえずここら辺がいいかな、よいしょっと」


ジンは手に持っていた何かを僕の眼に見える位置に置き始める。

それは鉄のようなもので出来ており、三角型になった中央部分の穴が空いているものだ。

何をするつもりなのか全く予想ができなかったが、そのなんともなかった三角型の鉄から上に向けて映像のようなものが映りはじめる。

その映像に移っていたのは人で、僕は何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった、なんせその映像に映っていた一は………。


「やあ、執行遠矢、いや別世界の僕といった方がいいだろうか。君も色々と聞きたい事はあるだろう、でも悪いけどこれはビデオ映像になっている、僕は別件で今はいなくてね、だから喋るべき事だけをまず喋らせてもらう、まあ僕が一方的に話す事になるけどそこは悪く捉えないでくれ」


映っていたのは僕だった、正確的には僕の顔をした人だった。


「お前は………テンザー…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る