03本目 魔獣とヒトの魔法
【まえがき】
新年、あけましておめでとうございます。
閲覧ありがとうございます。
今年も、今後ともよろしくお願いいたします。
*昨日一度投稿したのですが、複数タブで重複編集した結果データが巻き戻っていたため取り下げました。
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とある未探索領域の森の奥深く。奇妙な二人が巡り合ってから四日。
その間〝異形〟――アッシェは心の内ではそう呼ぶことに決めた――は、アッシェの願いに応えるように彼に果実を齎した。
季節は未だ夏。果樹が実を結ぶにはまだ遠い。
恵みの秋と比べれば食物に乏しいのではないかと思っていたが、意外に種類は多かった。その半数近くが、アッシェの見たことも聞いたこともないようなものであったが。
棘のように飛び出た果皮に包まれた蜜色の果肉や、硬質な緑と黒の外皮に包まれた瑞々しくも淡い赤の果肉。彼の五十年余の常識を打ち崩すとは、流石人智及ばぬ大秘境というべきか。
その殆どが美味なることも含めて。
ただいくつかは毒があったようだ。身に着けた銀細工の魔道具がそれを
すわ毒殺なるやと考えたが、そうではないようだ。アッシェにとっては毒であっても、〝
それにどうやら、〝異形〟はそもそも食事をしない。
この世のあらゆる生物は食事をする。人属の大敵たる【魔獣】〟も、生命と叡智の頂点たる
だが目の前の〝異形〟にはそもそも『口』がない。
一般的に知られる
勿論、口という構造を持たない【魔獣】も存在する。その筆頭として、不定形生物たる
そんな彼らであっても、
だが〝異形〟はそれらにも当てはまらない。
姿形も行動も、人はおろか魔獣や多手触種にも似つかない。
故に、あらゆるものにとって〝
だが一方で、食を行わぬ〝異形〟がいかにして『果物は可食である』ことを認識したのかは謎である。
大森林の生命を見て学んだのであれば、肉をそれと認識するはずだ。逃げ回りながら遭遇したこの森の殆どは、それらが肉食であると見て取れた。
けれど〝異形〟は、決して肉を持ち帰ることはなかった。
たとえば
つまるところアッシェ・ゼトランスのここ三日間の食生活は、全て果物の一言で片づけられる。
一方でその果物の対価としてアッシェが払った知識―――それは、アッシェは知る由もないものの、〝異形〟が求めて止まぬものであった。
〈風の
結論から言えば、アッシェは『魔法式』を〝異形〟に教え、その結果〝異形〟は
〝異形〟の初めての声は、アッシェの鼓膜を千切り、振動によって脳まで液状化するかと思わせた。
とはいえ〝異形〟は声を出せただけで会話はできていない。何故ならば知識がないから。音が、或いは単語がどのような意味を持つのか。
だからアッシェは〝異形〟に、『
そんな三日が過ぎたのち―――
「
森の中を歩ける程度に、アッシェ・ゼトランスは回復していた。
しかし出血の影響が残っているのか、倦怠感やめまいふらつきが残っている。
とても独りで魔獣の領域を歩き回れる状態ではない。
だがその隣には、緑のうねうねした触手の塊―――〝異形〟が居た。
彼――いや彼女?ともかく〝異形〟――は、〈風の詞〉によって大気を震わせ、アッシェに意思を提示する。
『解。疑、コカカ、魔、何』
カタコトの言葉。アッシェが教えた簡単ないくつかの
そこから意味を類推するのは、アッシェの役割だ。
「コカカ…………ああ、
『解』
「ええ。それで―――」
そんな風に、見た目も思考ロジックも
アッシェ・ゼトランスは食用たりえる肉を得るため、そのために森を散策する際の庇護を求めて。
対して〝異形〟は更なる知識と情報を求めて。それこそが自分の『
彼らは互いの行動を報酬として大森林を歩いている。
〝異形〟は触手を縮めて塊としても最低八メートル級の大きさだったが、触手を器用に蠢かせて、木々や草花を押し倒すことなく進んでいる。
〝異形〟の
その点でいえば及第点の
その代わりの有効活用というわけではないが、アッシェはそれを教材として〝異形〟に知識を与えていた。この数日で、目の前の〝異形〟は、殊更に『対価』を大事にしていると推察できたからだ。
つまり少しでも多く『
そういった打算もあったし、何より―――数年前に突然終わってしまった〝指導〟の続きをしているかのような、不思議な充足感が確かにあった。
「魔獣とは魔法を使う獣。そして彼らが使う魔法は、およそ種族ごとに決まっています。何故なら彼らは人属とは違い『魔法式』を用いず、種族特性が色濃く滲む
たとえば
他の例としては狼型の魔獣である
また、
だがそれ以外の魔法を使うことができない。
魔獣が使える魔法は、種族ごとにほぼ決まっている。
「対して我々人属は、『魔法式』を魔法に組み込むことにより、魔法を
アッシェは足下に落ちていた果実を拾い上げる。緑と黒の不思議な硬い果皮は破られ、赤い果肉は無残にも食い破られていた。
魔法とは、
『魔法式』とは実態の無い鋳型。
種族特性に最も左右される【魔力の親和性】、それを解決する存在こそが『魔法式』。
故に人属の用いる魔法は、歴史を知る存在からすれば〝正しい魔法〟ではない。〈魔法式魔法〉と呼ぶのが正確なところ。
だが人属にとってはそれこそが
「逆に『魔法式』の使い方を習得すれば、使いこなせる魔法とも言えます」
『解』
触手の一つが、アッシェに果実を渡した。虫食いのない、緑と黒の斑の果実だ。アッシェはそれを、果肉を貪る。水分補給には最適の食物だった。
『食、可』
〝異形〟がその言葉を発するために用いている〈風の
「ですが〈
より純粋な自然魔力であるほど威力が上がる。
そして自然魔力と親和しやすいほど、必要とされる体内魔力量は低くなる。
魔法式を挟めば、自然魔力は体内魔力と混ざり合い変質する。
そして人属の体内魔力の親和性は、魔獣のそれと比べて決定的に劣る。それこそ、元来の適性だけでは魔法の発動さえできないほどに。
だからこそ人属は『魔法式』を手にするまで魔獣に圧倒され続けた。人属は森や洞の奥深くに隠れ住み、魔獣こそがこの世界の
「人属が魔獣に対抗するには、つまり威力に劣る魔法で勝利を掴むには、個体数と確率以外には、相性のいい戦い方しかありません。つまるところ、相対した魔獣の
炎を吐くので有れば、それを防ぐ魔法を。
豪腕を振るうのであれば、それが届かぬ遠くから。
相手の手の内がわかれば、事前に戦い方を選ぶことも、そのための準備をすることもできる。
「とはいえ。最善は事前に知っていることですが、未知の魔獣と遭遇することもあるでしょう。そういった場合でも、外見的特徴から推測することができます。それは
アッシェ・ゼトランスの得意属性は火。それを示すかのように、彼の瞳は紅に燃えている。
あるいは
それか魔獣のように、体色として現れることもある。
「その観点から見れば、
勿論そこには、己の安全確保という面もある。
アッシェは目の前の〝異形〟を、人属と同程度の
だが越えてはならないラインが解らない。
同じ人属であっても種族や生まれ育った地方によって常識が変わるのだ。いわんや〝
崩れ落ちそうなほど朽ち果てた橋で踊るようなものだ。
だから会話を通じて、彼が私を殺さないラインを知りたかった。文化も価値観も道徳も異なる蛮族と交流するにあたり最初に必要なのは、意思疎通の手段なのだから。
『解。好』
〝異形〟はそう答えた。彼の無数の触手は、巨体を前進させているもの以外は宙を泳ぐようにうねうねしている。
それが喜びを示しているのだと、何となくわかるようになっていた。
果実を採りながら森を進んでいると、ようやく獲物をみつけた。
動物自体は何度か見かけた。狼型や猿型、そして名称不明の超大型
だがその全ては近寄ってこなかった。どころかアッシェが見たのは全て彼らの背中や尻尾―――脇目も振らずただひたすらに逃走を図る姿だった。
その逃げる背中を追い討つには流石に憐憫が勝り、そしてそれ以上に隣の〝異形〟の存在に気を取られたりしていた。
気にせず襲い掛かってくる
〝異形〟にそれを伝えながら、そっと木々の間から視線を通す。
〝異形〟もそれに倣うものの、到底隠し通せるサイズではなかった。翡翠の巨大な瞳が、両脇の木々の径より太いのだからどうしようもない。
ただ距離があるためか、幸い獲物に気づかれることはなかった。
襲い掛かってくるタイプならいいが、脱兎のごとく逃げられてはかなわない。
「……あそこに魔獣がいますね。熊の魔獣です」
『見、解』
アッシェと〝異形〟の瞳には、木の根元に鼻先を突っ込み、何かを探しているような黒い熊が居た。特に奇妙な風体ではない。だがその
後ろ足で立ち上がれば、人など遥か見下ろす巨体だった。
だがその生態はほとんど
それでも啄竜よりは遥かに臭くない。
何よりこちらに気づいていない間抜け。逃す手はなかった。
「あれを狩りましょう。……また、
『疑、可』
「ええ、どうぞ。ただし今度は、一塊のペーストにしないでください。できれば頭だけに攻撃を絞って」
『解。疑、魔核、頭』
「ええ、そうです。おさらいしましょうか」
魔獣には『魔法を使う』以外にも共通した特徴が存在する。
それが〝
その形状は楕円形であったり立方柱状であったりと様々だが、総じて色付きの半透明の結晶だ。頭部や心臓の近くに存在することも多いが、種族や個体によっては全く違う場所に位置することもある。
ガラス細工のような見た目で脆く見えるが、実際は精錬された金属のように非常に硬い。
心臓や脳を肉の中枢とするならば、
逆説的に魔核が壊されない限りは魔獣は魔獣として死なない。魔核を破壊しなかった魔獣の死体が再び動き出した、などという前例も存在する。
とはいえ
更に確実ではないとはいえ、頭部は心臓に次いで魔核が存在する確率が高い部位だ。頭部を破壊すれば、運がよければ魔核と脳を、最低でも脳を破壊できる。ならば魔熊程度ならば確実に仕留められる。アッシェはそう判断した。
§
そして〝
己の中の小さな揺らめき―――これが
それに応じるように、周囲にざわめきが満ちていく―――これが
これを感じ取れれば後は簡単だ。願うだけ。ただそれだけで、
風が走り出し、一カ所に集まっていく。編み上げるのは一瞬。何かを感じた熊が周囲を見渡し立ち上がろうとするが、間に合うわけもない。
ふり墜ちろ、ただそう願うだけで。
叩き付けられた[風の鎚]が
しかし彼はそこで、ほんの少し瞳を大きく開きながら、私を見つめていた。触手を彼の視界で振ってやって、ようやく気を取り戻したくらいだ。
「完璧です、
何事もなかったかにょうに、傍らの人間が言葉を発する。
私はそれに返した。人間―――アッシェが教えてくれた〈風の詞〉で。
『
それに一つ頷くと、アッシェは魔獣だったものへと近寄っていく。それを見送り私は思う。
そうだ。私はとても気分がよかった。
『人間と係わりたい』という願いも叶い続けている。
新しい知識も増えた。
何より
だから私は彼に何かを渡そうと思った。
行動には対価が必要だ。ならば彼の行動に対して、私は何かの対価を渡さなければならない。
だから私は、彼を〝そこ〟に連れていくことに決めた。
彼は声を上げなかったし首を横にも振らなかった。否定はないことを確認して、私は進む。
私が持ち上げた
目的地まではさほど時間はかからなかった。
そこは
アッシェはその内部を見て
「……
『
この森の中で私が拾い集めた物。特に、人間だったものの側に転がっていたものが多い。
この洞窟は、それらの
「死んだ人間の遺品、といったところですか……これを、私が使ってもよいと?」
『肯、可』
アッシェはしばし
「こっちは魔獣避けの香や罠。こっちの鞄には野草と……お、塩だ。こっちのポーチには……香辛料の大瓶。中堅以上の
ブツブツと呟きながら、一つ一つ調べていく。
ぽたぽたと滴り続ける
次から次に荷物をあさっていた彼は、しかし突然動きを止めた。
「これは……」
彼が持ち上げたのは、
私はそれに、見覚えがあった。
『本』
「ええ、本ですが。これは……」
アッシェはその表面を撫でる。手触りを確認するように、なんども。
ひっくり返して、裏側を見て、
そこで彼の身体は、ぐらりと揺れた。
私は咄嗟に触手を伸ばして、その体を支えた。そのまま倒れたら
『
私は問いかけた。私と同じようにあの〝声〟が聞こえて金縛りになったのかと。
だがそれすらアッシェには聞こえていないようだった。
それなりの時間がたってから、彼はようやく気を持ち直したようだった。彼は言った。
「主殿、お願いがあります」
アッシェは私の視界に大きく映りながらそう言った。つまり彼は、私の瞳をのぞき込んでいる。
彼は大事そうにその〝本〟を抱えていた。
「あなたがこれを拾ったところまで、連れて行ってはもらえませんか」
私はその〝本〟を知っている。拾った場所も覚えている。だいたいの行き方もわかる。だから私は伝えた。
『
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