5本目〈ねがいをかなえるほうほう〉

【前書き】

前話『サンドウィン内乱⑤』よりも年単位で前、『4本目 魔導書』の少し後の話になります。

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―――王国暦998年


サンドウィン領の反乱の情報、それはリモニウム家第二夫人らの活躍もあり、王国上層部で速やかに共有された。

それに伴い各地の都市町や関係団体に指示が飛ぶ。

中でも最速を以て伝えられた団体の1つが探索者組合ギルドだった。彼らは所属する探索者イグルスに、混乱に備えて指示を出す。

その指令に従い、戦力としてトップクラスのA級B級の半数はサンドウィン領近くの要所へ。残る半数は各地の重要拠点や、王都などの人口密集地に。そして十分な実力を備えたC級を、地方都市に防衛戦力として常駐する。

簡単に言えば、要所を押さえて防衛を重視する旨の態勢へと置き換える、非常事態宣言であった。

それ自体はC級以上の探索者たちには難しいことではない。ここまで大規模な反乱で、というのは初めてであるが、大型魔獣の出現によって同様の指令が出されたこともある。

けれど今回ほど大規模王国全土なものは初めてであった。

都市の防衛に人数を割いた結果、どうしても小さな町村は後回しにされる。戦力的な空白地帯が生まれるのだ。

とはいえそれは事前に認識され、対策も練られていた。

人口に余裕がある都市で臨時の巡回兵を組織し、近隣の村々を巡回させる。常駐させるほどの戦力はないが、襲撃などに際し急行できる戦力を確保する。地域単位で連携し、警戒に当たる取り決めが事前に交わされていた。


けれど、不幸とは予期せぬところから溢れ出る。

とある農村の男が、畑で収穫した余剰の小麦を売り払うために市街の商会を訪れた。彼はそこでたまたま探索者組合からの依頼書を盗み見し、探索者組合が大規模な非常事態態勢に移行しつつあることを知った。

そして彼はとっておきの金貨を使って、馴染みの情報屋から原因がサンドウィン領でであることを知った。それを知ったのは、一介の農民にしては早かった。それを理解できるだけの頭が彼にはあった。

そうして彼は決意した。副業―――そう、盗賊業の開始を。

彼は巡回兵が組織されるよりも早く仲間を集めることができた。そして普段であれば小さな行商を襲うところだが、今回彼らは1つの村を襲撃することを選んだ。

林業を行う小規模な村でありながら、果実の出荷によって利益を上げている村。商会がその仕入れを行っていたために、男はその村の存在と果実の値段を知ることができた。

だから彼は選んだ。嫉妬もあったのかもしれない。馴染みの盗賊副業仲間も賛同した。

彼らは1つの小さな村を襲った。普段、行商の荷物は四分の一しか奪わない。それが行商人が血反吐吐きながらも破産せずに済むギリギリのラインで、再び略奪できる見込があるからだ。だが今回のような好機があるわけがない。だから彼らは一切の手心を加えなかった。

夜半、彼らは寝静まった頃を見計らって村を襲った。見張りを殺した後は、村民を森へと追い立てるように村の門に火を放った。あとは村の端から総浚いにしていった。

樵が振るう斧で何人かの頭が割れたが、それ以上の盗賊が囲んで突き刺した。抵抗をやめない村人たちを殺戮し、逃げ遅れた女たちを襲った。金はすべて奪った。

こうしてこの一件は、歴史ある樵の村がそれを知りもしない盗賊によって一晩で滅ぼされるという結末を迎えた。満足した一部の盗賊たちは、そこで副業を終えた。

けれど血に酔った一部の盗賊たちは、いきり立った獣欲を発散し続けることを選んだ。着の身着のまま森へと逃げ込んだ村人を追い、森へと入っていく。

その森の名前が何であるのか、盗賊たちは知っていた。多数のモンスターや魔獣が跳梁跋扈する未踏破領域であることを。

けれどそれを知っていてなお、彼らの頭にはその警戒がなかった。暴力と殺戮に酔いしれ、略奪と快楽に惑い、全てを支配しうる万能感を錯覚していたのだから。


だから、天罰などではない。

彼らが―――驕り昂った人間たちが滅び去ることは、古今東西の常であるのだ。


§


〝私〟は森を歩いていた。

とある本を広い〝声〟を聴き、原因不明の硬直から逃れてから、1日明るくなっては暗くなるのが30ほど繰り返された。その間、私の目的ともいえる人間とは出会ず、私はただ木々の間を彷徨い続けた。


今私の視界に映されているのは、開かれたその本だ。


そこに書かれている文字紋様が何を意味するのかは解らない。けれどそれを視界に映せば、どこからともなく〝〟が


故に、使い方は理解できた。私を炎で攻撃し危険に曝してきたあの男の様子が視界に映っていたのも良かったのだろう。

〝願えばそれが叶う〟

ただ今私が願うことはない。いや、『人間と係わりたい』という願いはあるのだが、それはでもでも叶えることはできないようだった。


けれど、その願いは叶った。

願った故ではなく。本のおかげでもなく。

それは巡り合わせとでも言うべき出会い。


焚火が起こされていた。その周囲に人間4人―――いや、横たわっているように見えた女には既に命は無かった。はだけた胸元にナイフ金属の板を突き立てられた〝人間〟。

つまりそこに居たのは人間の男3人だけだった。足元には千切れた衣服や、金属でできたが転がっている。

私の視界には、呆けたような顔を浮かべて突っ立っている3人が移り続けていた。彼らもまた私を認識しているはずだが、彼らはまともな動きを見せなかった。


もう少し近寄ってみよう。そう思って進もうとした瞬間、男の一人が転がっていた金属の塊を拾い上げた。何をするのかと思えば、そのまま斬りかかってきた。

彼は大きく口を開き、意味のない並びの声を轟かせながら振り下ろす。けれどそれは狙われた私の触手を千切ることはできなかった。

けれど、それを私は攻撃された危険に曝されたととらえた。あの炎と比べれば、いささかも恐怖を感じない。

けれどそれでも、私はあの炎のときを思い出した。あの時感じた恐怖を連想した。

だから。私はあの時と同じことを願った思った

瞬間、私の中の〝何か〟がざわついた。

そのざわめきは次第に大きくなる。するとそれに応えるように、私の周囲に纏わりつく、別の〝何か〟が同じように蠢いた。


一から始まった揺らめきわずかなおもいが、やがて数億数兆のざわめきたしかなげんじつとなる。


次の瞬間、斧を持った男は潰れていた。


私の思いに応えるようにが寄り集い、大きな一塊となって頭上から降り下りた。その大きな力によって、男の頭と足はほとんど同じ高さになっていた。

そして私はから、あとの二人の人間たちを視界に映した。

そのうちの一人は、甲高い悲鳴をあげ、私に背を向けて森の暗闇へと消えて行った。私はそれを視界に映し続けた。

そしてもう一人は、ずっと立ったままだった。私がどれだけ近づいても身動き一つしない。触手で触れてみても同じだった。

そして触れている間に、私はその男を押してしまったようだ。立っていた男はそのままの姿勢で後ろに倒れ、頭を木の根に強く打ち付けた。

それでも動かない私は、『係わること』を諦めた。―――その男の状態を〝気絶〟と言うのだと知ったのは随分後のことだった。


私に危険を感じさせる原因はない。そしてこの場に居ても私は『人間と係わる』目的を果たせそうもない。だから私はその場を離れた。

男は気絶したままで生きてはいたが、そのまま放置した。


人間には会えた。これでようやく3回目。だが出会った11人のうち、会話らしい会話はできていない。

全てが意味のない声を張り上げて攻撃してくる私を危険に曝すか、一目散に走り出すか、或いはあのように声も出さずに固まってしまうか、だ。


けれど私は諦めることができなかった。

そして思っても叶わぬ願いを思いながら、再び進み始めようとした。


その時聴こえてきた。

コカカカカカカ、と。

それが生き物が発する音であることを、私は知っていた。

何とはなしにその声の方向に決めて、私は進み始めた。


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【添え書き】

memo『〝異形〟の行動原理』

①人間と係わりたい

②危険は排除(男の炎の一件から過剰防衛の傾向有)


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