4-9 「いやいや」

「いやいや」

 Qがおれの手首をつかみ、めちゃめちゃ高速で首をふっている。

 まさか制止されるとは思わなかった。そもそも、これがなんの魔法なのか、なぜQにわかったのか。

 ふと女医に目を向けると、

「訊かれたので……」

「正直に答えるやつがあるか」

「でもたぶん確実にむりっすよ、それ」

 そうかなあ。いまならできると思うんだけどなあ。

「万が一契約がうまくいっても身体も精神ももう固まりすぎっすから、その歳でのアストラル変換はだいたい失敗するっす。よくて実体のままモンスターになって正体失くすっすよ」

 改めて言われるとすごい無謀なことをしようとしたもんだ。

 おれらしくもないが、おれらしくもある。

「上等だ」

 心からそう思ったのはたしかだ。

「まあでも阻止されちゃったんだからいさぎよくあきらめなさい。だれひとり幸せになれないっすよ」

「あんたにナチュラルに諭されると、人生のあらゆる決断がほんとうに無為なことのように感じられるな」

「心外ー」

 女医はとくに不快そうでもなく言った。

 完全に緊張感が削がれてしまった。Qに止められてしまっては、おれの感情の行き場もありはしない。

 くそ……なにを考えているかわからなければ、どれほどよかったか。

「決まらねえなあ」

 とはいえ、まったく状況は好転してなどいないのだが。右腕がしとどに血にまみれている上に、対面には本来Qを狙っているゆゆきちゃんがいるのだ。ロードシップも壁によりかかり、にやつきながら腕組みしてこちらを眺めている。

 ゆゆきちゃんは杖をすこし下げ、

「待ってあげるよ。悪魔を喚ぼうとしてまでぼくに対抗しようとしたのに免じて」

 気を遣ってきた。どのみち、会話が終わるより失血死するほうが先なのではないか。

「ほんと決まらねえ」

「あのな、阿井」

 ずい、とおれの前方に立つ大きな人影があった。

「きさまがおのれを安く見積もるのは勝手だが、それにつきあういわれは、われわれにもないのだぞ」

「ええ……?」

 ボルバがなにを言っているのか、さすがにわかった。

 おれをかばおうというのだ。

「相手が悪いぞ。魔法も封じられてるし、それでなくても1回こてんぱんにされてるだろ」

「先刻のきさまほど捨てばちではない」

 ボルバはゆっくりとスーツの懐から拳銃をとり出す。こんどは服にひっかからなかった。

「魔法生物の弱点は魔法のみにあらず。知っていよう」

 そうだ。

 よく知っている。

 あのややこしい名前の幼体変身ヒロインさんの存在が、いかにあやうい状態で保たれているか。

 だからこそ、おれもむちゃで対抗できると思った。

「その銃の弾、銀の弾丸かなんかか」

「そんな気のきいたしろものは持ちあわせておらんが――」

 ボルバは撃鉄を起こし、ゆゆきちゃんは杖をおれたちへ向けなおし、身がまえる。

「とりあえず血を止めておけ」

 おれがほんとうに本気でやろうとしたのが、そんなに悪いことだったのか。

 みんな妙にやさしくて、いやになる。

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