第2章 1週間前、英雄さん

2-1 彼刀ゆゆき

 彼刀かたなたゆゆき。

 苗字が読めない、名前をおぼえられないとよく言われるぼくだが、もうすこし深刻な悩みがあった。


 魔法少女たちが、出ていってくれない。


「おにいちゃーん、おにいちゃーん」

 ぼくは耳障りなその声で目を醒ました。ため息をついてベッドから身を起こす。寝間着を脱ぎ、シャツを着てスリムジーンズを穿く。

「くああ」

 生あくびをしても、寝不足はごまかせない。この生活になってからはずっとこうだ。

 わずか数箇月で、かなり精神的に追いつめられている。

「あ! 起きた、起きてた! おにいぴょーん」

「ぴょんじゃあるか」

 ドアを開けると待ちうけていたのは、バニーガール姿の少女だった。胸なんてまったくないに等しいが、すらりと長い手足には妙に似合っている。

「は? うさぎはぴょんって言うものでしょ? 鳴き声は……なんだかわかんないし」

「なんできみたちはそう、むだなところに凝るんだい」

 そもそも服装など瑣末なことだった。

 かのじょは一般的ローティーン女性の身長の2割ほどのサイズ。背が極端に低いというわけではなく人間をそのまま縮小コピーした姿、いわゆるこびとさんであり、しかも人間離れした運動能力でぼくの身体を登攀し、肩へとび乗るように腰かける。

「むだな睡眠を削ってから言ってよね! ほっとくと12時間は寝てるんだから」

「や、それはぼくがきみらのぶんまで睡眠をだね……」

「知らなーい。きょうの予定もひととおり決まってるんだから時間管理はしっかりとお願いしまあす」

 文字どおり口うるさく、耳許で声を響かせてくる。

 彼刀みみり。

 ぼくのスケジュールすべてを司る、恐るべき『妹』。


 耳許で秘書よろしく本日のスケジュールを唱えつづける妹とともに階段を降りると、すでに食卓でできたての料理が湯気を立てている。

「わう。おはようございます」

 両の犬耳の間をヘッドドレスで飾ったメイドが、ぼくたちを迎える。

 旋螺廻チャンルフォイ

 ざっくりと着こんだエプロンドレスは職業刀自としてのプライドを体現し、もはや風格さえ感じさせた。しかし、

「くぅん、ご主人、めぐはぬかりなく食事をご用意いたしました。ご賞賛を」

 まじめくさった表情の背後、ドレスの後ろでぱたぱたと揺れるしっぽが、存在感を発揮しすぎている。

「めぐはえらい」

「めぐはすごい」

「「めぐはおうちを護っている」」

 ぼくとみみりの声が唱和して、

「うぉふ……」

 恐縮してせきばらいした声には妙な力強さがあり、短く吠えたようにしか聴こえなかった。


「もうひとりは?」

 鏡に映った黒髪の寝ぼけ顔を洗い終え、タオルで拭きながら周囲を油断なく見回す。

「なー!」

 すっごい頭上から声がしたね。

 見ると、食器棚の上に、そいつはふてぶてしく横たわっていた。和ドレスに身を包んだなまめかしい肢体がくねるように動き、軽やかな動作ですたりと床へ着地する。

「『もうひとり』? 他人行儀でしょ、あにゃ……あなた! ちゃんと呼んで! な・つ・か!」

 と、そのまま流れるようにみごとな跳躍力で椅子からテーブルの上へと跳び、ほかのふたりと並ぶ。

「ずうずうしいな他人。きみたちがここに住みつくのを正式に認めてすらいないんだけど」

「またまたあー」

 猫の耳をぴこぴこと動かし、こちらを肘でつつくようなジェスチャーで、『本気で言ってないくせに』とたかをくくった態度をとってくる。

「みぃてぃみてぃー」

 うっざ……。

 この弾けるようにうざったらしい猫娘が、なつか。本人は彼刀懐かたなたなつかと名乗っているので、ほんとうの姓はわからなかった。

 3人のコスプレ少女はどいつも、歳相応の身長の5分の1、ぼくの身体の数分の1のサイズしか持っていない。大きめのフィギュアが命を得たかのような女の子たちだ。

 フィギュアは腹をすかさないが、かのじょたちはちがう。食事のテーブルにつき、それぞれ用意された皿のまえに陣取った。


「……ごはんにしようか」

 ぼくは嘆息し、平静を装ってこの異常な情景をスルーしたが、まだまだ慣れたとはいえない。


 魔法生物、精霊エレメンタル


 どんなにやっかいな存在であろうと、ぼくにはかのじょたちの力を借りる必要がある。

『団』が、助っ人として連れてきた『魔法少女』が、あまりに強力すぎるからだ。

「では日々の糧に感謝をこめましてですね」

「食事をすませたら、さっそく作戦会議だからねおにーちゃん」

「いまから作戦の話なんかやめっ、ごはんがまずくにゃる! なる!」

 うざあああ……。

 しかし、ぼくにはわかっていた。


 ふざけてみせても、かつて天使に立ちむかうべく、悪魔の力を借りた人間たちの業は払えない。

 神罰戦役、その落とし子たち。

 ぼくは、その罪の螺旋をなすもののひとつだ。

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