そこどけ物のけ

新吉

第1話 見上げれば

 見上げればこの国には時計塔がある

 いつも静かに街並みを見下ろしている

 いつでもそこにあって

 いつでも時計は動いていて

 いつでも決まった時間に鐘を鳴らす


 シンボルだから頑丈に作られたけれど

 修理も掃除もしてもらう

 街の真ん中でこんなに立派に立っていても

 ひとりでは

 立つことも

 針を回すことも

 鐘を鳴らすこともできない


 だからこの時計塔の下で

 動くものがいなくなってしまった今

 悲しく響き渡る鐘は

 けっしていつもと同じわけではないのだ


 それからしばらくの間

 ひとり悲しく立ち尽くし

 時を刻み鐘を鳴らし

 やがて彼もも動きを止めた






「おーい!お前!聞こえてるかー?」


「ねえぼっさん、時計さんもう壊れちゃったんじゃない?」


「止まってるわね」


「だってこんな大っきくて立派なんだぞ?多分まだ、まだ生きてるはずだ」



 久しぶりに下に動くものがあることに気づいた時計塔は驚いた。



「き、君たちはいったい、なんだい?」


「おー!!生きてたか!」


「いきてはいるけど動けないよ」


「俺たちなあ、逃げてきたんだ。逃げながらいろんな奴を仲間に誘ってるんだ」



 長い階段を登りながら笑う。



「それは無理だよ、僕はここにいる。ここで生まれてここ以外に行くあてもなければ足もない。ここで鐘を鳴らして針を動かしてみんなに時間を知らせる、それが僕の仕事。まあ、もう」


「みんな、いないねえ」



 少し高い声が聞こえる。



「ねえ、君たちいったいなんだい?」



 時計塔は自分の階段を登るロボットとその手に握られたラジオに語りかける。ラジオはさっきより声が低くなる。



「僕はラジオのララ。そっちはロボットのぼっさん。僕らは旅をしてるんだよ。落ち着ける場所を探してる」


「いい景色だな。俺ここ気に入った」


「ぼっさん、時計さんに聞かないと」


「どうだい?」



 時計塔は少し迷って、そして言った。



「みんながいつか戻ってくるかもしれないから、ここはダメだ」


「勝手に住み着いたって止められないくせに」


「まあね。でも君らは僕に聞いてくれたから」



 時計塔は一番上まできたロボットにあるお願いをした。



「いいよ。そのためにここまで登ったんだもん。ごめん嘘、景色見たくて」


「直るかどうかは分かんないよ?ぼっさんテキトーだから

ゴンッ


あいてっ」


「うるせぇ」


「あはは」



 ロボットがラジオを叩き時計塔が笑う。それからガチャガチャとロボットが時計をいじっている間、ラジオが曲を流し出した。古い洋楽でロボットがリズムに乗って歌い出す。



「君らみたいな自由なロボットとラジオは初めて見たよ!人は本当にすごいものを作るよね」


「人はすごくなんかない」



 時計塔の弾んだ声をかき消し、ロボットもラジオもピリピリしてザーッっとノイズが走っていく。



「勝手に作っては捨てて、作っては俺たちをこんな風にして、挙げ句の果てにはバケモノを扱いだ!お前たちが全部そうしたのに、動くな、喋るな、来るな、あっち行け、うるさいって」


「だから逃げてきたんだって、ぼっさん」



 今度はラジオは女の子の声だ。そのまま続ける。



「それでも僕はラジオだからひとりじゃ歩けない」


「それでも俺は電池たちがいなきゃ動けない」


「そう、だね」


「よしできた!どう?」



 ぎ、ぎぎぎ、ぎ、ぎ、



「動け!動け!!動けぇえ!」



 リゴーン、ゴーン



「「「やったー!!!!!」」」



 時間は合わせられないとロボットが言うと、ひとりでに時計塔は針を動かして時間を合わせた。



「ぼ、僕!こんなことできないはずなのに!?」


「俺らのそばにいると少しだけ魔法が移るんだ。科学だっていう研究人間もいたけど、本当のところはよくわかんない」


「なんでもいいよ、とにかくありがとう」


「こっちもありがとね。そろそろ行こうぼっさん、レディがきっとカンカンだ」


「…お前は待つのか?」


「うん。待つのは得意だから」






 〇〇〇〇〇〇






「待ちくたびれたわ」


「ごめんごめん」



 少しボロボロな青い車が停まっていた。大人の女性の声で少し不機嫌そうだ。バンっとひとりでに開いたドアから乗り込む。ロボットは器用に車を運転し、ラジオは音楽をかける。



「よっぽど腕のいいやつに作られたんだろうなあ」


「ほんとにいい音色ね」



 ゴーン、リゴーン、オーン、



 かすかにまだ聞こえる鐘の音がエコーしている。その音を聞きながら国を出る、車は時々パキパキと音を立てて進む。


 見下ろせばこの国にはガイコツがそこら中に転がっている。


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