登場人物紹介SS【一条勝己】我らがご主人様の日用品

 名家一条いちじょうの当主を務めるのは大変なことだと思う。何をするにも一流を求められる。シャツ一枚着るのも、ブランド、手入れ具合、流行と着こなしまで厳しい目に晒される。一般的なレベルをクリアしていればいいわけではないのだ。急な会議だからと、コンビニや礼服チェーン店で替えのワイシャツを買って間に合わせることさえ許されない。もちろん、それを数々の使用人がサポートするわけだが。

 その点、一条家使用人の一人である自分は気楽なものだ、と椋谷りょうやは思う。指示された通りに、毎日鞄の手入れやら、靴磨きやら、アイロンがけやらやっていればいい。自分自身の私物や私服なんてのは、まあ自己満足の程度でいい。プライベートでは何も背負っていないし、誰も見ていない。使用人の立場に降りてからというもの、大変だったことと楽だったことが、世界がひっくり返ったように入れ替わったなと感じる。

 ふと、ポケットに入れていた携帯電話が震えたので出てみれば、一条家跡取り長男坊である勝己かつみに専属で付き人をしているあきらからで、あと三十分で勝己が邸にご到着とのことだった。それなら申し付けられていたカタログと品々を用意しておかなくてはいけないと椋谷は物置き部屋へ向かう。勝己は磁気で疲労を回復させるネックレスをお求めらしく、暁の命令で椋谷は二十社にも及ぶメーカーの商品カタログと実際の商品を用意させられ、おまけに日替わりで実際に着用した上でモニターレポートまで書かされていた。それらを、勝己の自室のテーブルの上に並べておく。ちなみに並べ方も、扇のように優雅に広げておくよういつも暁に言われる。要はヒマなのである。最近の邸は、そこそこ人手が足りていた。

「ただいまー。またすぐ出かけなきゃいけないけどー」

 多忙なる、我らが主が一時帰宅し、使用人一同お出迎え。勝己が自室に移動したところで椋谷は様子を伺いに同じ場所へと向かう。と、扉が開いて、暁と鉢合わせた。「椋谷さん。今、呼びにいこうと思っていました。勝己様がお呼びです」中へと迎え入れられた。

「失礼しまーす。おかえり勝己」

「ただいま。ありがとね、これ」

 簡易レポートに目を通したらしい勝己は、椋谷イチオシの磁気ネックレス「大丈夫! 磁気に治ります~ 磁気じき+」を首に巻いてみたようだった。

「これね……。まあ、つけた直後じゃ実感としてはわからないけど、椋谷が言うんならたぶん効果は間違いないね」

 実際、勝己と椋谷は半分血の繋がりのある年の近い兄弟であり、二人とも母親似なのか、酒やアレルギーなどに対する反応などの体質もよく似ていた。

「かなり効くぞ、これ」

 椋谷がこの製品に目を付けてから、自信をもって推すために念の為日を置いて別日に再度試してみたが、効果は絶大なものであった。他社製品と比較しても、はっきりと差を感じられた。体が軽くなり、深夜になっても皿洗いのスピードが落ちない。

 勝己は頷くと首から一旦外し、指でつまんでぷらんと眼前に垂らす。

「でもなあ……」

 椋谷は勝己の言わんとしていることを察し、代わりに言ってやった。

「致命的にダサイよな」

「だよね」

 感性もまた似通っているようだ。

 蛍光黄色一択。製品開発者はなぜこれでGOしたのか本気でわからないほどに黄色く眩しく光っていた。性能はいいのに。せめて地味な黒一色にでもしてほしかったと思う。

「いくら磁気による効能がメインだとしても、これは付けられない」

「まあ……だな。黒に色替えくらいのオーダーメイドなら、ある程度支払えば受けてくれるだろ」

 しかし勝己はそれを聞いてもなお顰め面である。

「なんかさあ、毎日首に巻くんなら、もっと意匠の凝ったネックレスがいいと俺は思う」

 気持ちはわかる。数百万もする腕時計を服装や時間に合わせて付け替えたりする勝己が、肌身離さず身に着けるネックレスがこれでは形無しである。

「でも残念ながら、その会社は中小企業で、そこまでのラインナップはないぞ」

 もっと企業として成長し成熟してくれれば、幅広いニーズに対応できるだろうが……。まあ、外に出して誰かに見せるようなものでもないし、いいもの見つけたと思って我慢して付けるか?

 それを聞いた勝己は、そうだねと深々と頷き言った。

「そこ、育てといてくれる? 早めに」

 にっこり微笑みながら、カタログを手渡してくる。

 やっぱそうなるか、と椋谷は嘆息しつつ、

「かしこまりました。……やれやれ」

 一礼して部屋を去る。頭の中で、寄付金の見積もり試算を開始しながら。育てておいて、とはすなわち、勝己の満足いくレベルのオーダーにその企業が堪えられるまで資金や人材を提供するなりなんなりして、素早く成長を促進させよ、ということだ。

 一条家の跡取りは、周囲から要求される質が高いその反面、自己満足の程度も一般のそれとは比較にならないほどに甚だしいのであった。

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