第9話 お姫様と母の愛。

 俺は今朝の出来事を母さんと妹に説明した。


「という事があって、先ほど涼祐さんに助けていただきまして...。」


「ってわけで...成り行き? でティリアを助けたってわけ。」


 一通り説明してみたけど、こんなこと話して信じてもらえるだろうか?

 異世界から来たとか、いきなり言われても...?って感じだろうな。


「なるほど...ってそんなこと信じられるわけあるかー!」


 と千夏が声を上げる。


「そうね、異世界って言われてもピンとこないわね。」


 千夏ほど混乱してる様子ではないが母さんも千夏の意見に賛同する。

 そうだろう、そう言うと思ってたよ。

 俺も最初はそう思ったさ。


 でも、異世界からティリアが来たという証拠があるからな。

 ティリアの左手首に巻いてある...なんだっけ? 魔術ネットワーク端末? があるからな。


「なるほど母さんと千夏は俺とティリアの話を信じてないって解釈していいんだね?」


「そう言うことになるよー。」


「そうね〜ティリアさんのこと信じてあげたいけど、予想外すぎてちょっとね...。」


 俺の隣に座っているティリアはシュンと意気消沈している。


「そうですよね...。」


「ティリア! なに落ち込んでんのさ、あれ見せれば二人とも嫌でも信じるよ。」


「あれ? あれってなんのことですか?」


「ティリア、左手首に巻いてある魔術ネットワークのヤツをさっきみたいに開いてよ。」


「あ! そうでした!」


 ティリアは左手首に右手の人差し指で触れ、魔術ネットワーク端末を開いた。

 机の上に先ほどの画面が表示される。


 信号待ちしている時に、見せてもらった時には宙に浮いて表示されていたけど、今回は机にデータベースが表示される。


「なにこれ〜新発売のパソコン?」


「違うよ千夏、これはティリアが異世界から持ってきた物なんだよ。」


「ティリア、さっきみたいに宙に表示してみてよ。」


「はい、分かりました。」


 ティリアは立ち上がり、前方の空間を確保する。

 すると、机の上に表示されていた画面が宙に移動した。


「千夏もこれで信じただろ?」


「凄い!アニメみたいだね。」


「どう? 母さんも信じてくれただろ?」


 俺は自信満々で、どうだ見たか!! と母さんの方を向く。

 すると母さんは俺が眼中に入っていないかのように、ティリアだけを見ていた。


「ティリアさん。あなた本当に異世界から来たの?」


 母さんは先ほどまでの顔とは打って変わり、真剣な顔でティリアに問いを投げかける。

 場の和やかな雰囲気は変わり、ピリッと緊張感に包まれる。

 母さんがこの口調になる時は怒っている時だ。



「はい、異世界のラピス王国というところから来ました。」


「そう...。」

「そのラピス王国は日本からはどのくらいの場所にあるの?」


「ラピス王国から日本の距離は...分からないです。」

「けれど、すごく遠い場所だと思います。」


「そう...。話を聞くとティリアさんは家出してきたのよね?」


「...はい。」


「親御さんはティリアさんが日本に来ていること知っているの?」


「...たぶん知ってると思います。」


「...たぶんってどういう事?」


「お城の兵士さん達が今頃お父様とお母様に私が家出した事を伝えてると思います...。」


「あなたの口から伝えたわけじゃないのね?」


「はい...。」


 まずい! この空気をなんとかしないと!

 俺が甘かった...家出した女の子を連れてきてなんとかなると思ってしまった。

 母さんも分かってくれると、心の何処かで甘く見てた。


「あのさ...母さん。」


「涼祐は黙ってなさい。」


 俺は...なにも言えない。

 母さんは親として、人として当たり前の倫理観を述べているのだ。

 俺はただ見守る事しか許されない。



「お母さんはティリアさんと話をしているの。」


「ティリアさん...あなたの親御さんは今頃あなたの事を心配してるでしょうね。」

「親にとって子供がどれほど大事な存在なのか考えた事ある?」


「...。」


 ティリアは母さんの目を見て、真剣に話を聞いている。


「親にとって子供は自分の命よりも大切なものなの。」

「自分の事を考える時間よりも、子供の事を考える時間の方がとっても長い。」


「毎朝、目が覚めて我が子が今日も怪我なく、健康でありますようにと願うの。」

「今日も家族で幸せな朝、1日を迎えられますようにって。」


「ティリアさんの親御さんも私と同じように、きっとティリアさんの幸せを願ってると思う。」


「ティリアさんにも色々理由があるのもわかる。」

「でも、それでも貴女が家出して日本に来た事は、私はいけない事だと思う。」


「ティリアさんもその事、分かるわよね?」


 ティリアは涙を堪えようとしているが、瞳から涙が溢れて頬を伝う。

 ティリアは感情が入り乱れる中で言葉を紡いだ。


「...はい。すみませんでした。」


 ティリアは下を向き泣きながら話しを続ける。


「私...自分の事ばかり考えて...お父様とお母様のこと...考えてなかった。」


「分かってくれればいいの。」

「でも、謝るのは私にじゃないでしょ?」

「ちゃんとティリアさんのお父様とお母様に、その気持ちを伝えてあげなきゃね!」


「はい!」


 母さんはティリアを我が子のように、優しく抱きしめて頭を撫でる。


 ティリアが泣き止むまで、落ち着くまで...。



 ーーーーー



 俺の母さんの名前は三上秋子みかみあきこという。


 母さんは元レディースの総長で喧嘩では負けなしの最強の女として有名だったらしい。


 父さんは「内緒の話だぞ! お母さんには俺が教えたって言うなよ。」とこっそり教えてくれた。


 父さんと母さんの出逢いは、母さんが雨が降る中、傘もささずに夜道を歩いている所を父さんが見かけて声をかけたのがきっかけだったそうだ。


 その時の母さんは父親と喧嘩して家を出て、途方に暮れていたらしい。

 父さんは母さんを連れて、知り合いの店に行き食事をしながら母さんの相談に乗ったんだとか。


「なんで自分のことを分かってくれないのか?」


「先に生まれただけの人間オトナ自分こどもに物事の正当性を判断する権利があるのだろうか?」


 そんなこと父さんは相談されたらしい。


 その後父さんと母さんはお互いに惹かれあって交際を初めて結婚して俺と千夏が生まれて...。


 自分が成長した時に初めて理解できる。

 自分が大人になる時に初めて親の偉大さを知る。


 そして、自分に子供ができた時に親の愛を知る。


 そういうことだろう。


 今は俺と千夏の"母親"として、大人として、ティリアに向き合っているのだと思う。




「兄ちゃん...私お母さんのこと好き。」


「千夏、俺もだよ...俺も母さんのことが好きだ。」


「もちろん、千夏や父さんのことも同じくらい好きだよ。」


 俺と千夏は母さんや父さんに愛されていることに今まで異常に感謝しなければいけないと改めて思った。

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