第8話 新型ロボット①

地球から、38万キロ離れた月。

その一角に作られた、ルナ・シティ。

一際目立つ、高層マンションの最上階。

そこが、綾瀬炎アヤセ エンの住む家だった。


「ただいま。」

家の中に入ると、リビングは暗いままだった。

「静香?」

妻の静香は、大きな窓の側の椅子に座って、外を眺めていた。

「また地球を眺めていたんだね、静香。」

炎はゆっくりと、椅子に近づいた。

「炎…地球はまた、赤茶けたと思わない?」

「……砂漠が増えたんだよ。」


宇宙に浮かぶ、青いオアシスと呼ばれた地球は、今や、その影すら無くなってしまっていた。

「ご飯、食べた?」

「いや、まだ。」

「じゃあ、急いで用意するわね。」

「うん。」

立ち上がった静香を、炎は後ろから、きつく抱きしめた。

「炎?」

こうしていると、家に帰ってきた実感がわく。

特に今日みたいな日には、生きて戻ってきた証が欲しい。

「炎…」

静香は炎の気持ちが分かったのか、自分のお腹にある炎の手を、軽く握った。

炎と静香は、移民の中でも、とりわけ仲のいい夫婦だった。

共に25歳の、若い夫婦だ。


「もう大丈夫?これでは、夕食が作れないわ。」

「ああ…ごめん。」

炎は、静香から離れた。

静香がキッチンへ行くと、炎はソファに座った。


あの新しいロボット。

確かに、自分の手で倒したはずなのに。

もう一度、自分の目の前に現れた。

そして、自分以外の味方のロボットを、一瞬で全滅させてしまった。

避けなければ、自分の命がなかった。

そんな体験は、ロボットに乗るようになって、初めてだ。

こっちだって、最新型のロボットだった。

いや、最新型のロボットだったからこそ、一瞬の判断で、相手の弾を避けられた。

これが古い型のロボットだったら……

炎の体に、寒気が走った。


「炎、炎?」

ハッとして前を見ると、静香が目の前に座っていた。

「こんなに汗をかいて。」

「え?」

気付けば、首元は汗で、びっしょりだった。

「珍しいわね。何かあったの?」

静香の優しい声が聞こえるだけで、炎は何もかも、忘れることができた。

「何でもないんだ。夕食を作ってる間に、シャワーでも浴びてくるよ。」

「ええ。」

炎は立ち上がって、バスルームに向かった。



静香が炎と結婚したのは、月に来て3年目。


それ以来、彼はエースパイロットとして、戦場を飛び交っていた。


いつもは笑顔で帰ってくるのに、今日はなんだか様子が違った。


「いい匂いがするな~。」

バスルームから戻ってきた炎は、いつもの笑顔を見せていた。

「おっ!今日は俺の大好物の、ロールキャベツじゃないか。」

「たまたま、キャベツが安売りしてたの。」

席に座った炎は、早速一口食べた。

「うん!うまい!」

「……よかった。」

「ん?」

「少し、元気になったみたい。」


そう言って、微笑む静香。

炎はもう、静香のいない生活など、考えられなかった。


「今日は体の調子、いいみたいだな。」

「ええ。最近は、発作も起こらなくなったの。」

「そうか!月に来てよかったじゃないか。地球なんかにいなくて。」

静香は途端に、悲しい表情を見せた。

「……ごめん。そういえば、弟を地球に置いてきたんだっけ。」

「うん。」

「いくつになる?」

「……15歳よ。」


静香には、弟が一人いた。

両親が死んでからは、二人で力を合わせて、暮らしていた。

そのままであれば、ずっと弟と生きていけるはずだった。

そのままだったら……


「静香?」

「はい?」

「どうした?ぼーっとして……」

「ううん。月に来た時の事、思い出してたの。」


炎の父は、宇宙学の教授だった。

とりわけ”月”に関しては、世界でも一目置かれた人物だった。


そして2100年。

炎の父・綾瀬源一郎は、「環境汚染が進んだ地球に再生の望みなし」という理論に基づき、「月、移住計画」を提案。

移住者を連れて、月へと旅立った。

船はそのまま家になり、食べ物や水も供給した。

建設資材も運び、月は急速に人が住む、「居住圏」として発展していった。

街ができ、学校や病院、スーパーやデパート、役所などの施設もできた。

炎はその中でも、一番高い高層マンションの、最上階へ家を買った。

しばらくして、二人は夫婦として、ここでの生活をスタートさせたのだった。


それから2年。

月へと移住して5年。

静香はまだ目を閉じると、月へと旅立った日の事を、思い出した。

まだ10歳の弟を、地球に残して旅立つ。 

さよならは言えなくて、弟が寝ている間に、家を出てきてしまった。

その弟も、今では15歳になったはず。

何度も手紙を出そうとしたが、結局出す勇気もなく、やっとの思いで出した一通も、「住所不明」で戻ってきてしまった。

元気にしてるんだろうか。

それだけが、心配だった。


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