第5話 見ると診る

 自転車を押して10分ほど歩くと、立派な高級マンションがあった。

 そこだけ世界が違うんだ。


 外では話せないから、中に入れと言ってくる。 

 んー、知らない人の家には、むやみに入ったりしません。

 なんて言っても、こいつには無理だろうな。

 なので、軽く聞き出すことにする。

 「用件だけでも言ってもらいたいですね。私は忙しいので」


 ウンともスンとも言わない私に、あっちが折れた。

 「足がどうなったのか、それだけだ。それに、その足を診せてもらおうかな、と思ってね」

 「は?見せる?」

 「そう。医者として診る…、診断するという意味の診る、だ」

 「あぁ、そっちの診るね。あなたは、お医者さんですか?」

 「そうだ。専門は整形ではないけどね」

 「足は大丈夫です。病院に行って診てもらいましたので」

 嘘ではない、本当のことだ。

 ま、大学内の病院だったけどな。


 そうか、良かった…と、呟いて安心した表情をしてくる。

 「カクテルは美味かったよ。それじゃな」と、手をヒラつかせながらマンションのエントランスに入ってった。

 え、もしかして本当にそれだけ?

 構えて用心していたのに、損した気分だ。


 あれから、ひろちゃんは一日おきに来てくれてる。

 もちろん、カクテルを飲みに。

 ドイツ野郎なのに、なんでビールでなくカクテルなんだ?

 なんて偏見はさておき、最近は夜なのにOLさん達が多く来店してくる。

 一日おきに来る『ひろちゃん』目当てだ。


 見え見えだなぁ…。

 ま、店側としては嬉しい事だけどね。


 でも、今夜はまだ来ない。

 医者って、言ってたよな。

 急患とか入れば来れないよな。


 なに気にしてるんだ、私は。


 その日は、22時を過ぎてから、ひろちゃんは来た。

 無理に来なくてもいいのに、と思いつつメニューを聞く。

 すると、「濃い目の酒が欲しい」と、無理な事を言ってくる。

 チーフに言ったら、オリジナルを作るかと言われた。


 初めての、オリジナルドリンク。

 自分の感性を試されてる気分だ。

 それとなく、苦味or甘味or辛味等を聞いていく。

 それで出来上がったのが、これだ。


 ひろちゃんは試飲してるみたいな感じで、口の中で転がすように回して飲んでる。

 すると、お代わりがきた。


 一安心した私は、今度は少し強めにしてみた。

 すると、ひろちゃんは嬉しそうに目を細めると今度はチョコのアラモードを注文してくる。

 え、この男がチョコ?

 チョコを差し出すと、いきなりボソッと話してきた。

「今夜の救急オペで…、1人、死なせてしまった」



 あ、なるほど。

 オペか、それは時間通りには終わらないだろうな。

 って、私は何を考えてるっ…


 「どの様な状態で運ばれたのかは分かりませんが、オペしてる先生のせいではないですよ」

 そういう事しか言えなかった。

 医者として、オペは外せない。

 そのオペで、死なせてしまったら…。

 私は、どう思うのだろう。


 まだ学生の自分には、想像できない。

 だけど、卒業したら…。

 そういった思いは持つだろう。

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