負けられない戦い

「ん…?」


 意識を取り戻した一葉は、痛む顎をさすりながら上半身を起こすと、ぼんやりとする頭で周囲を見渡す。

 室内を照らすシャンデリアの淡い光、その光で上品な光沢を放つ黒味のある木製の壁。クラシックな雰囲気をぶち壊すかのように置かれたネタオブジェクトの数々。

 一葉が目覚めたそこは、【暁の旅団】における一葉の部屋だった。

 ギルドを抜けた際に、特定のホームを作る予定のない一葉が、置いて行った遺産達。


「お目覚めになりましたか」


 そう声を掛け一葉の側にやってきたのは、一葉が作成したNPC『アルム』。種族は【エンシェント・ハイエルフ】といって、ありとあらゆる魔法を操る古より生き続けるエルフの上位種。下位種であるエルフやハイエルフ、一部の他種族からも崇拝される種族。

 そんな神にも等しい扱いを受ける彼女に対して一葉が取った行動は─


「きゃんっ!」


 ─デコピンだった。それも若干魔力で強化した、常人なら3バウンドはするであろう威力のデコピン。それを受けたアルムは、可愛らしい悲鳴をあげただけだった。


「な、何をなさるのですか!」

「何をなさるのですか、じゃねえよ!お前自分のレベルわかってる?」

「えっと…120程だったかと…」

「そうだよな!?僕のレベル24だからな!魔法職とはいえ100も違ったら普通死ぬから!マジで!」


 まくし立てる一葉。

 本来なら頭部を消し飛ばされて死ぬようなレベル差の一葉が何故生きているのか、それはひとえに装備のおかげと言えるだろう。

 一葉が装備しているものは全て、課金ガチャもしくは最高難易度ダンジョンのレアドロップでのみ手に入る、いわばこの世界では反則級と呼ばれるような武具なのである。

 そのおかげで一葉のステータスは、本来のレベルを遥かに上回るレベル90相当のステータスまで上昇していた。


「うぅ…次からは気をつけます…」

「全くだ…にしても…」


 ぐるりと一葉は懐かしい自分の部屋を眺める。


「悪趣味だなぁ…」


 そう呟いた一葉の視線の先にあるのは、上裸で筋骨隆々な男達が両端にレリーフされた本棚や、目玉をひん剥いて驚いた表情を浮かべる中年男性の顔面を集めた椅子など、まともな精神なら部屋に置かないようなネタオブジェクトの数々だった。

 ─まさか自分が使う日が来ようとは…

 一葉が微妙な顔をしていると、アルムが不思議そうな顔をする。


「何故そんな微妙な顔をしてらっしゃるのですか?」

「いや、正直センスないなって思ってね」

「そんなことありません!見てくださいこの置物を!」


 そう言ったアルムが手のひらに乗せているものは、ガクガクガクガクとロックバンドの方々も真っ青なヘッドバンドを行う死んだ目をした赤い牛…赤べこと呼ばれるものにそっくりな置物だった。ℹ︎O本社のある神戸とのコラボの際にイベントアイテムとの交換で手に入るアイテム。

 ただし、モチーフはℹ︎O内に存在する牛型のモブで、さらに言えば本物の赤べこは耐久値をガリガリ削りながら首を振ったりはしないのだ。

 さらにそんなネタアイテムに『自動回復オートリジェネ』などという効果を付与している運営はやっぱり頭がおかしいと思う。


「それ明らかにネタアイテムだし。目が死んでて怖いじゃん」

「なっ…!イチヨウ様はこの可愛さがわからないのですか!?」


 その時一葉は思った。「女子の可愛いってわからない」と、ヒイラが聞けば全力で否定しそうな言葉だが、それを伝える彼女は今この場にいない。


「まあ、お互いの美的感覚については何も言わないでおこう。で、だ、師匠達と話をしたいんだがどこにいる?」

「はい。イチヨウ様が目覚め次第、マスタールームに来るように、とのことです」

「わかった。それじゃ、行ってくる」


 ベッドから一葉が立ち上がると、彼の影からテナが現れる。


「おはようございます!大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

「よかったです!ところで今からヒイラさんの所へ行くんですよね?」

「そうだね」

「でしたら私がご案内します!」


 にこりと笑いながらテナがそう言う。

 確かにゲーム内で、それも数ヶ月も経った今、無駄に部屋の多いこの城の中からマスタールームにすぐに辿り着けるとは思えない。それならば、テナに案内を頼むのが最適だろう。


「それじゃ、テナよろしく─」


 一葉がそう言いかけた瞬間、スッと一葉の腕に身体を絡ませる様に寄り添うアルム。

 彼女は上目遣いでニコリと笑うとこう言った。


「テナさんよりも、私の方が城内を把握しているので、案内は私の方が最適かと」

「それもそうか、それじゃアルムに─」


 ─グイッ。


「あらあら、テナさんどうなされたんですか?」

「アルムさんこそ、どうされたんですか?」


 笑顔を貼り付けたまま一葉を引っ張る2人、心なしか引っ張る力が強くなっているようだが。


「テナさんはお客様なので、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」

「いえいえ!イチヨウさんをサポートするのが私の仕事ですから!お構いなく〜」


 一葉は笑顔で互いに牽制し合う、というか胸ぐらを掴みあっている2人の姿に、深くため息を吐くと─


「【ダブル・シルド】」

「きゃん!」

「あぅっ!」


 両手にスキルで盾を産み出し、盾の端を2人の顔面にクリーンヒットさせる。2人は、それぞれ短く言葉を発した後、バタンと気絶してしまった。

 その時、コンコンと扉がノックされ、訪問者が姿をあらわす。


「おーい、イチヨウ君。目覚めたー?遅いから私の方から来ちゃった…よ…?」


 ─いつまでもやって来ない一葉を心配してやって来たヒイラだった。

 ベッドでグッタリと眠る2人、乱れた服、部屋には一葉1人。

 一葉は思った。『あ、これ言い逃れ出来ないやつだ』と。

 その直後、ヒイラの叫び声が城中に響き渡ったのだった。

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