エピローグ

30, それから

 それから二十余年の歳月が経った。


「つかぬことを、お伺いしますが」

 紅茶を出しながら伯爵の従者であるボードレーが尋ねた。

「ん? なんだいボードレー?」

 クシスがカップをに入れる砂糖をスプーンで掬いながら顔を上げる。

「もし、気を悪くされるようなら無視してください」

「なんだい。じれったいな」

 くすっと笑う。

「伯爵は、御兄様がいらっしゃったんですよね」

「……あぁ、うん、いたよ。とても出来のいいのが」

「伯爵と違って?」

「あはは、また君は辛辣だな。そうだね。本当に尊敬していた。誇り高くて、何をしても兄様には敵わなかったよ」

「……いつお亡くなりに?」

「アルブ戦争の時だよ」

「そうでしたか」

 ボードレーは頭をさげて一歩下がった。

「あの諍いで、本当にたくさんのものが無くなってしまった」

 クシスは遠くを見るような目で言った。

「父上も母上も、たくさんの民も、町の大半も」

「……私はほんの赤子でした」

「そうだね。憶えていまい」

「でも、叔父上が死にました」

「そうか……。残念だったね」

「……伯爵」

「ん?」

「憎んだり、したことはありますか?」

「……イルルを?」

 頷く。

「あるよ。今だってあんまり好きじゃない」

「そうですか」

「でもね」

 紅茶を飲む。いい香りがする。

「それでも、泣きたくても泣けない人間が、今も笑ってるんだ」

「はあ」

「だったら、私も笑っていようと、そう思うんだよ」

「……そうですか」

 ボードレーは微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る