20, 武民と貴族

 町に着くと、花吹雪が舞っていた。


「すごいな」


 アングランドファウスト家は本当に民に慕われてるらしい。彼らの邸宅の前で、たくさんの民がフェレスの姿を一目見ようと集まっていた。人が多くて前に進めない。こりゃ、会えないかもしれない。


「……あれ、あっちの道は?」


 邸宅へ入る三つの門のうち、一つの門へ続く道の方には誰もいなかった。確かに正面のテラスには面してないからそこからじゃフェレスの姿を見つける事は難しいだろうけど。


「あっちは立ち入り禁止なのよ」

 金髪の女の人が親切に教えてくれた。

「へぇ、なんで?」

「あの道はフェレス様をお祝いするためにやってくる貴族達が通る道なの」

「へぇー。フェレスって、他の貴族たちにも好かれてるんだな」

「あらっ。それは勿論。アングランドファウスト家の長子だものっ。たくさんの貴族達がフェレス様に取り入ろうとしてるのよ」

「取り入る?」

「フェレス様も成人されるわけだから、妻を娶らなければならないものね」


 娶る……。結婚するってことか。


「あぁ羨ましいわぁ。私も貴族の娘だったら成人の儀式に連れていってもらえたでしょうにっ! なんてっ! おこがましいわね」

 彼女は照れたように笑った。

「……いや」

「あ! 伯爵よ!」


 わぁ、と人々の歓声が聞こえた。顔を上げる。そこに男がたっている。見た事がない人だが、彼が伯爵、つまりフェレスの父親だとすぐに分かった。あの髪の色はクシスに似てる。

 そしてその直後に黒っぽい髪の毛の少年がテラスに立った。フェレスだ。


「……」


 ――あぁ。と声が漏れそうになった。

 フェレスは立派な格好をしていた。絹の衣に、金糸の刺繍。成人の証である指輪を指にしていた。少し逞しくなったかな。背も伸びた。想像していた通りの成長ぶりだった。顔も引き締まって、気高さがよく見える。相変わらず微笑すらしない。手を小さく振ってフェレスはその場を去った。


「……」


 自分の頬に手をやってみる。土がついてた。きっと昨日蹴られた時のものだ。服も、手にも、埃と土がついていて、血かもしれない何かの染みがついていた。髪の毛もぼさぼさだ。


「……おめでとう」


 小さくつぶやいて微笑んでみた。それは結構、無理矢理だった。

 あの門へ続く道を往く煌びやかな馬車を横目に、私はすぐに邸宅に背をむけ、真っ直ぐ帰路についた。


「もう……、会えないなぁ」


 ふっと笑った。

 いつまで子供のつもりでいたんだろう。今気がついた。フェレスは貴族で、私は武民だ。それも地図から消された町の。会えるはずないだろう。


「莫迦だな」


 小石を蹴っ飛ばした。

 そして微笑んで息を吸い、口笛を吹いた。あの日、吹いていた戯曲の一曲。

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