16, 笑って

 赤い髪が揺れた。北の風で。ゆらりと。

 旅を始めた時よりは随分伸びた髪の毛だ。


「スザンナ」


 フェレスの声がした。だけど振り向けない。口も開けない。

 足元におかれている墓をひたすら見つめていた。いや、それすら見えてなかったかもしれない。

 ふいに彼が私の横に立った。彼は私の顔を覗きこんだりはしなかった。ただ横に立って、白い石の墓を見つめていた。

 表情と呼べる物はない。風の音がするだけで沈黙がずっと続いた。


「薬」


 フェレスがその沈黙を破る。とても小さな声で。

「……間に合わなかった」

 フェレスが私の手を取った。ぬくい手だ。彼の手だ。その手は前より随分大きくなっていたような気がした。

 下を向く私の目から垂直に涙が落ちた。嗚咽が落ちた。手を握りしめる。痛いかもしれない位、握り締める。肩が震えた。左手で頬をぬらす涙を抑えようとする。

 フェレスは何も言わないままそこに立って、じっとただ私の家族の墓を見つめていた。


 大きな風が吹いた。


 その風に背中を押されたようにフェレスは一歩前へと出た。そして屈みこんで、持っていた白い袋を墓の前においた。多分、薬が入っていたんだと思う。

 そしてくるりと向き直って、やっとこっちを見た。


「スザンナ」


 私の名前を呼ぶ。


「笑って」


 ぽとりとまた、涙が地面に落ちる。私のだ。

「俺はスザンナが泣いてるのを見たくない」


 フェレスの目は不思議だ。


「笑って。いつだって、笑ってて」


 フェレスのお願いはめちゃくちゃだ。我侭だ。


 いっそう涙がこぼれた。熱い涙だった。

「たとえ悲しいものが襲ってきても、スザンナだけは、いつも笑っててくれ」

「……なにそれ。なんのお願いだよ」

 声がかすれた。

「笑えないのは俺だけで十分だ。笑って、スザンナ」


 涙をもう一滴落っことしてから、顔をゆっくりと上げてフェレスを見た。

 フェレスは相変わらずの無表情でこっちを見てる。不思議な目の色でこっちを見てる。真剣な目でこっちを見てる。


 無理矢理、笑って見せた。


「そう」

 フェレスがもう一度私の手を取る。

 そして口元だけうっすらと微笑んだ。そんな気がした。


 フェレスの事を、心底好きだと思った。

 きっとフェレスがいなかったら、ずっと泣いていた。そう思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る