4, 学舎にて

「ここか」

 学舎。この国にある全部で5つの学び舎。大学のことだ。

 しかしその学舎とやらは、やたらとでかかった。とても入れそうにない。というか、入れてもフェレスを見つけられそうにない。

 諦めなければならないんだろうか。ふとそう思った時に名案が浮かぶ。


「そっか。フェレスに会いたいから、って頼めばいいんだ」


 若くして大学で学ぶことが新聞に載るくらいの有名人だ。きっと探してもらう事は出来る。となれば簡単だ。この高い塀を飛び越えて中に入ってしまえば終いだ。

 跳躍には自信があった。木登りにも。だから簡単に塀を越える事は出来た。だけど、着地に失敗して何かに思いっきりひっかかってしまった。服が破れて体勢を崩し、私はよろめいて地面に手をついた。


「いった……っ」


 ちょっと無茶をした。手をすりむいた。けど問題はそれからだった。顔を上げると、幾人もの人の眼が向けられていた。彼らの格好はそれぞれ煌びやかで、どうみても自分は此処では場違いだと分かる。笑ってごまかせそうにもない。やばい、と思った瞬間に私は走り出して逃げていた。


 その後はもちろん衛兵に追われる破目になった。我ながら浅はかな計画だった。頭に塩が足りないなと思うことは、それまでにも多々あったけど。

「まっずいな!」

 走りぬけて追っ手をまいて、広い講堂のような場所に飛び込んだ。誰もいない。好都合だ。暫らく此処で隠れておこう。もはやフェレスを探してる場合ではない。心臓がドキドキしている。でも何だか面白くて笑えた。

 だけどつかの間、ガタンと音がして人が入ってきた。

「うわ!」

 見つかった。衛兵たちも此処に私がいると思ってなかったんだろう、一瞬驚いたようだった。捕らえろ! と言う誰かの声と共に彼らは一斉に自分に向かってきた。

 これはダメだ。袋小路だ。と諦めた時だった。


「待った」


 声がした。その声に、全員が振り向いて止まった。

「待った。この人は私の知りあいです」

「……誰だ?」

 私は知らない。

「私が外まで連れて行きます。だから下がってください」

「はっ、はい!」

 どういうわけか全員がその男の言う事を聞いた。そいつ、絶対まだガキなのに。

 

 誰もいなくなって、私はそいつと二人になると、そいつはため息をついた。

「……全く。いい度胸だな」

「だ、誰だよ。お前」

 そいつはこっちをじっと見る。

「憶えてないのか?」

「…………。もしかして、フェレス?」

「良かった。忘れられてたら助けた甲斐がない」

「って。えぇ?! お前、フェレス?!」

 驚いた。無理もないだろう。だって、この間会った時は自分より背が小さくて、子どもに見えたのに。どういう魔法を使ったのかしらないが、彼は背が随分伸びて、声が変わっていた。

「なんで? 魔女に何かしてもらったのか? おかしいぞこの成長!」

「おおよそ一年も経てばこれくらい変わるよ」

 言ってのけられる。

「えっ。じゃあ、私も変わったか?」

「いや、スザンナは変わらない」

「……あっそ」

 がっかりした。

「何してるんだ。ここで」

「あっ、そうだ。いや、何もしてないんだけど。ちょっと、お前に会えたらなって思っただけなんだ」

 笑ってみせるが、フェレスは表情を変えずに黙ったままこっちを見てた。

「新聞でさ。此処に来てるって知ったから。会えるかなって思ったんだけど、あはは、思ったよりすぐ会えたな」

「そうか」

 相変わらず笑わない。

「……お前、なんだその服は」

「え? あぁ、ちょっと入る時に破れちゃったんだ。ちょっとみっともないな」

「……お前、本当に女か」

「女だよ。失礼だな。ちゃんと月経もきます」

「…………絶対女じゃない」

「なんだよ」

 フェレスはため息をついて、自分の上着を脱いだ。

「着て」

「あ、ありがとう」

 それを受け取って着てみると、ぶかぶかだった。けれど、とても温かくて、なんだか嬉しかった。

「な。お前。男っぽくなったな」

「スザンナは本当に全然変わらないな」


 フェレスに、すごく、心の底から会えて嬉しかった。

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