第2話 楓蔦黄 momiji tutakibamu


 明くる日には、東方の小国の第三姫から手紙が届いた。数年前、彼女の誕生披露宴で顔を合わせて以来、時々こうして手紙を寄越すようになったのでこちらも社交的に返信はするが。同盟国の滅亡、お悔やみ、グラシア国への顔色うかがい、最終的には恐怖と不安の泣き言……読む気も失せて卓上へ放った。


 疲れる。どうでもいい。いまさらどこが滅んだくらいで皆うるさい。何故人間は抱えきれない感情を他者と共有したがるのか。共感もない自分が共有しているふりを続けるのはつくづく疲れるのだ。



「お兄様。遊ぼ」


 小さな手のひらが袖を引いた。あどけない顔でこちらを見上げているのは妹のマリアベーラだった。


「やあマリアベーラ。今日もかわいいね。ユノに花冠を作ってあげたのかい」


 マリアベーラの腕に抱かれている人形の頭にはぽろぽろと今にも崩れそうな花の冠が乗っていた。


 年の頃は第三姫ともさほど変わらないが、マリアベーラは世界の情勢などどこ吹く風。恐らく父たちのぴりついた空気にも気付いていないだろう。俺とは違い空気を読んで偽ることの無い純真な妹は、人々から疎まれもするが俺にとっては癒しだ。


 マリアベーラには気心の知れる友人という存在がいない。もう少し器量や裁量があれば父の外交に付いて出歩く機会もあっただろうが、そうはならなかった。もちろん俺が取り持ち第三姫などに紹介することも出来たが、しかしながら無知で無教養であるマリアベーラにはもう少しこのままでいてもらいたい。美しい箱入り娘とはよくいったものだ。


「お本飽きちゃった。お兄様忙しい?」

「おいでマリアベーラ。たまには一緒に出掛けよう。ユノはお留守番だ」

「お出掛け。どこいくの?」


「父に頼まれたいくつかの所用が済んだら帰りにマリアベーラの大好きなお菓子を買いにいこう」


 いつ魔王軍が攻めてくるか、それは誰にもわからない。

 その日がいつ来るにせよ、日常を愛したい。

 幼いマリアベーラの笑顔を。


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