Δ外伝、精霊神の国グラシア

叶 遥斗

第1話 霎時施 kosame tokidokihuru



「ああ、なんてことだ」


 そう絶望を吐き出したきり、父は顔を隠したまま沈黙してしまった。俺から言わせてもらえば、「このご時世だ、よくあることだろ」と背中を叩いてやりたいが気遣いは時に仇となり相手の神経も逆撫でる。沈痛な面持ちを浮かべる家臣たちに習って俺もそんな顔をしてみるが、魔王がいるこの世界でいつどこの国が滅ぼうとそれは日常茶飯事なのだ。わかりきったことを嘆く意味を問う。


 今回滅亡したのは吾が国とも所縁ゆかりのあるロセスだった。父が幼少の頃共に過ごし兄と慕っていたロセス王が魔王の軍勢に挑み戦死したという。俺は直接会ったこともないが、血気盛んで悪を憎む気質の王であると常々噂は聞いていた。そうした国は兵力を蓄えては魔王に挑み、そして漏れ無く散っていく。そう。これはわかりきった結末だ。誰も魔王には敵わない。戦えば敗れる。これまでに例外はない。少なくともこの数百年の歴史のなかには。


 それでも望みを託してしまったのだろう。魔王を討ち取ると宣言した力強いロセス王の言葉に酔って夢をみていたのだろう。こうして突き付けられた現実をすぐ直視することができないのは認めたくないからだ。父であり、王であり、どんな威厳を纏おうと所詮人間とは小さい生き物であることにかわりはない。


 そして変わらず君臨する魔王がいかに強大な存在であるかも。小さな人間風情でははかりかねるのだ。


「父上。嘆いてばかりもいられますまい。いずれ魔王軍は吾がグラシア国にも攻めてきます」


 茶番に付き合うにも限界はある。しおらしい顔はそのままに意見すると、漸く父が顔を上げた。


「グラシアは精霊神の国である。殺生はしない」


 決まり事を呟いて父は目を伏せた。


「いかに悪きにっくき千年魔王が敵であろうとも。我々は降伏する」



 家臣たちが悼ましそうにざわついた。しかし誰も異をとなえてまで魔王と戦うことを進言する者はいない。それが精霊神を信仰する吾らグラシアの民だ。すべてはわかりきったことの上に続く。


 こんなくだらない日常を、平穏と呼ぶのだろうか。



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