髪を切ること






髪を切った。

理由は特に無い。

ただ、君に見て欲しかったのかもしれない。




「あは、柚乃ゆのちゃん髪切ってる〜。」

にこにことやって来て、上目遣いにこちらを見上げる。私より、少し低い彼の身長。この身長差も愛しくてたまらない。

「うん。気分転換に。」

何も考えず、口から出た言葉。

ちく、ちく、胸が痛んだ。




_そんな訳ないじゃん。_

何処かから、声が聞こえた気がした。

_嘘はダメだよ。_

きっと頭の奥から聞こえてくる、自分の本音。

_気分転換なんかじゃない。_

そうだよ。気分転換なんかじゃないよ。

_ただ、_

そう、ただ。




「柚乃ちゃん?」

顔を覗き込む君と目が合って、息を飲む。

無理矢理意識を引き戻した。

「…っあ、ごめんごめん。ボーッとしてた。」

「びっくりしたよー!柚乃ちゃん、めっちゃ怖い顔してるから!」

絵に描いたようにプンスカ怒る君が可愛くて、思わず笑みをこぼす。

笑った私を見て安心したのか、君は満面の笑顔で私の頭を撫で回す。

「ちょ!夢斗ゆめと何すんの!」

「よーしよしよしよし!柚乃ちゃんマジで猫みてぇ!」

わしゃわしゃっ、と動物を褒めるみたいに髪を撫でくる君を見て、また私は笑った。



「夢斗君!ちょっと来てー!」

「あ、はーい!」

クラス委員長に呼ばれると、笑みを消して真面目な顔で俺から離れていった君。

そんな君の背中を見ながら、自分の髪をゆっくり撫でた。

君の温もりを追うように。




(こっち、見てくれたよね。)

少しだけでいい。

気持ちになんて気付かなくていい。

君に、見てもらいたい。

君に、触れてもらいたい。

少しだけ。ほんの少しだけで充分だから。




「夢斗くん!」

「おー!佐原さはらも呼ばれたのか!」




少しだけ見てもらえればいい。

私の気持ちに気付かなくていい。

君の笑顔が見たいだけだから。

君は他の人を見ていていいから。

だから、私は笑顔をつくって声を上げる。





「あー、ちっちゃいものクラブがいるー!」





私の気持ちに気付かないで。

君は、君の想いを大切にして。

私は、君の笑顔が見たいんです。

お願いです。




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