第45話

 城東大学とのオープン戦から一週間がたつ。結局試合は二対二の引き分けに終わり、久留実は六回を三人で抑えてマウンドを明け渡し、五回のような違和感は感じられずに投げることが出来たのだがどうもしっくり来ていなかった。ランナーが出塁したときに感じた底知れない不安と焦りで腕が無意識に振れていなかった。だから球の回転数が落ちバッターの手元で失速してチェンジアップのような変化をしたのだと思う。


「もう訳が分からないなんでたかが一試合見ただけで何が分かるっていうの」


 隣のブルペンで腹を立てながらひたすらストレートを投げ込むのはりかこだ。


「まったく私の投球スタイルは打たせて取るコントロール重視の技巧派なのにこれじゃ意味がないわ」


 りかこが不機嫌なのは菜穂の一言が原因だった「どうして全力で腕を振らないの」と


 りかこは面食らったように一瞬かたまりすぐに「投げてます」ときびすを返した。


「いいえ。あなたはせいぜい六割くらいの力しか出していない。けがをしてセーブしているのならいいなさい休ませてあげるから」


 りかこは表情を変えずに口を開いた。


「けがはしてませんし、手は抜いてません。それに私のピッチングスタイルはコーナーに投げ分けては打たせてとるスタイルなので」


「え、あなたはぜんぜんコーナーに投げ分けられてないわよ」


「どういう意味ですか」


 りかこは笑顔だったが目は確実に笑っていない。一方、菜穂はそんなりかこは諭すように続ける。


「あなたのストレートの平均は100キロから105キロ。マックススピードが110キロ。変化球は85キロから90キロってところね。このスピードなら誰でもコーナーに投げれるしこれから先本気で創世大や他のリーグの強豪と渡り合いたいのならこれでは通用しないわ」


「じゃあ具体的にどうしろと?」


 菜穂はにやりと笑いりかこさんを指さした。


「アベレージ、マックススピードを5キロ上げなさい。そのうえで今のコントロール維持すること。出来るようになるまで変化球投げるの禁止。理解できた?」





「希。今の何キロ!!」 


 菜穂の自前のスピードガンを構えて翔子の後ろでスピードを計測する希は変化球が投げられずにピリピリするりかこさんにおびえていた。


「116キロです。ナイスボール」


「うるさい!! 全然よくない。コントロールできてないじゃないのよ!!」


「りかこ落ち着いて今のも決して悪くないよ。ただちょっと高めに浮いただけで力はあるわ」


 翔子がなだめるがりかこは納得がいかない様子だ。


「もうやめやめ。バッティングしてくる。二人とも付き合ってくれてありがとうね。あ、咲坂マウンド整備しなくていいよ私まだ投げ込むから」


 そう言い残しりかこはバッティング練習に行ってしまった。久留実もラストボールを真咲に投げ込むと投げ込み練習を終了した。


「まったくりかこにも困ったものだわ」


 翔子がそういうと真咲は笑って言った。


「楠田の気持ちも分かるけどあれでいてりかこは繊細でそれがゆえに人一倍悩んで工夫して努力して今のスタイルを築き上げたからね。あの娘なりにいろいろ考えているんだよ。きっと」


「真咲さんはりかこのいい理解者ですね」


「あら、それを言うなら楠田の方がりかこのことをよく理解しているよ」


 真咲と翔子は性格も考え方もよく似ていた。


 二人ともりかこを理解しようと努力している。この二人の会話からりかこがどれだけ愛されているかが伝わってくる。久留実は少し嫉妬を覚えた。

 私もチームにとってりかこさんのような存在になれるのだろうか。


 





「納得いかないです」


 久留実たちがブルペンから戻りバッティング練習に合流すると今度は菜穂と雅さんがなにやらもめていた。


「ダメです。そんなバッティングを追い込まれてからも続けるなら打率は残せない。追い込まれたなら、バットを一握り分空けるとか足を高く上げずにタイミングをとるとか工夫をしなさい」


「いやです。私はホームランを打つこと、誰よりも遠くへ飛ばすことを信条にしています。その信条を曲げるくらいなら私は……」


 言葉に詰まる雅さん。菜穂はまた笑顔になって言う。


「できないことを求めたりしない。あなたならできると思ったから指摘したの。勘違いしないで私はなにもあなたの野球を否定しているわけじゃない」


「それでも、私は自分の信じた道を曲げない。ホームランは私の絶対的な意思だから」


 菜穂は雅の肩を軽く叩くと何も言わずに微笑んだ。

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