第2話

第2話 1


 幼い時、親父に手を引かれて東京へ行ったことがある。

 なにもかもが鬼ヶ島とは違う。ビルに覆われた薄い色の空。視界いっぱいに映るほどの人々の群れ。誰もが早足で、ぶつかっても知らん顔で、流れに飲み込まれないように、必死に親父の背を追う。

 金の眼、金の髪。そんな日本人離れした、オレと親父の容姿を気にかける人は誰一人いない。その雑踏の中はもっとたくさんの色に溢れていて、オレ達はその中の一色でしかなかった。

 そこには、鬼でも人でもなく、鬼藤きとう はじめがいた。自分と他の境目が無くなった心地よさを、今でも鮮明に思い出せる。


 鬼ヶ島には、現在も鬼と呼ばれる一族がいる。

 オレの生まれた鬼藤の家は、鬼ヶ島でも長く続いている家系で、かの桃太郎が鬼ヶ島に来たときにはすでに存在していた。

 桃太郎が去った鬼ヶ島の復興を進め、鬼たちが平穏に生きていけるように整備した中心人物が先祖にいるらしい。

 代々金の髪と眼を持ち、恵まれた身体を持つとされ、色々と由緒正しい家系なのだそうだ。そう他人事のように語るくらいに、オレには興味がない、はずだった。

 それが、昨日、桃太郎の子孫が転校してきた。

 青天の霹靂に教室中が騒然とした。

 あの瞬間。

 薄墨で描かれた背景のように霞んでいた歴史が、オレの中にくっきりと姿を現す。そして腹の底から沸きあがる、怒りと恨みの濃く混ざり合った暗い感情。

 子供の頃から聞かされていた暗い歴史が、オレの身体の隅々に宿っていて、怨念として溢れてくるのだと思った。

 鬼として生まれたのだから、この恨みを開放しなくてはいけないんだ。

 許してはいけないんだ。

 こいつは敵なんだ。

 オレ達を歴史の片隅に追いやった、こいつを追い出すんだ。

 ――個人的な恨みならまだしも、先祖の恨みを遠い過去から拾い集めて、あたかも自身の傷のように背負って正義面するのはどうかと思ってな。

 ――わたし、先生の言う通りだと思う。桃太郎の子孫だからじゃなくて、桃子ちゃんのことをもっと知りたい。

 みんながオレの側に立っていると思っていた。

 けれど、桃子を委員長に推すために挙がった手の数。

 実際は、オレのほうが、孤立していた。

 同じようにこの島に生きて、歴史を聞いてきて、お前達は桃子の側に立つのか。

 気付けば、オレは滾々こんこんと湧きあがる暗い感情を、ボールに込めて投げていた。


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