第3話The Stepmother and the Mother

 ***


 あれから、三週間ほど立ち全快した白雪に私と陛下が揃って面会を申し込まれた。陛下と丁度仕事を一段落させたので、昼食を食べようとしていたところだった。顔を見合わせながらも、使者の告げた一室へと王のエスコートのもと向かう。

 部屋を女官に開けさせ、部屋の中に入ると中にいた人物たちが席を立つ。


「ごきげんよう、お父様、お義母様。お越しいただきありがとうございます」


 そう挨拶をするのは顔色が以前より見間違えるほど良くなった白雪である。その隣には私の甥である隣国の第一王子グレルラージュと、白雪を治しその後の様子を見つつも世話をしていた薬師であるソレイルが並んで立っていた。

 それぞれが頭をさげる。

 彼らは、今まで座っていたのか、ソファの前に立っており、その向かいに同じソファが置いてある。

 そこに陛下が私をエスコートする。

 私たちが座ると失礼します、と白雪たちも座った。


「それで、なんなんだい? 私たちを呼び出すほどの用事なんて」


 陛下がそう言うとそれぞれが身を固くする。緊張しているのだろうか。

 すると、ソレイルが顔を上げる。


「王様、王妃様。お二方に知っていただきたいことがあるので、来ていただいた次第です」


 そう言うと、ソレイルが真っ直ぐ私と陛下を見据えた。


「私と白雪殿は、実は思い合っているのです」


「は?」


 予想もしない言葉に思わず口から言葉が零れ落ちる。


「はぁ?」


 隣からも同様の声が聞こえてきた。

 そして、いち早く復活した陛下がため息をつきながら言葉を発した。


「今更、だな」


 私もそれに同意する。


「今更ですわね」


 今度は白雪たちが驚く番だ。口々に先ほどの私たちと同じ様な反応を示す。


「は?」 「え?」 「え?」


 左からソレイル、グレルラージュ、白雪である。

 その様子を見てまた私の口からため息がこぼれた。


「気づいてないと思っていて? 城の中というのは常に人の目がありますのよ? それで、私たちの耳にそのことが届かないとでも?」


 そう聞くと、白雪がしどろもどろと言い訳をする。


「いえ、あの、何も言われないのでてっきり気づかれていなかったかと」


「そんなわけないでしょう? 全くこの子は!」


 そのやりとりを陛下が目を細めて見守っているのを見て、キッと陛下の目を睨む。そうしたら、陛下が笑みを深めた。それを直視したくなくて目をそらしてしまう。


「え、ということは、叔母上は……というか叔父上も反対ではないということですか?」


 そう聞く甥に、陛下が少し真剣味を帯びた顔で答える。


「まあ、基本的には認めてはいたが。もしあのまま私たちに知らせないでいたならば、明日あたりには釘を刺そうかと思ってはいたな」


 そのことに、ソレイルが少しだけ顔を青くさせた。


「そうでしたか……では、私の助力をしようという気持ちは無駄になったわけですね」


 まあ、良かったのですけど……と言葉をこぼす甥。

 その言葉に私はここに甥がいることに納得がいった。反対されたら他国の王子の口添えということでなんとかしてもらおうとしていたのだろう。


「まあ、そんな訳だから君のことは全て調べさせてもらったよ」


 王がそう言って、使用人に何かを取ってくるように告げる。それを聞いた使用人が扉の外へとかけていく。すぐに戻って来ると、ある書類を王に差し出す。

 それを読み返すように、さらりと陛下が目を通す。


「ふむ、報告によると性格に問題なし。周囲の環境も、問題ないようだね。周囲の人間も含めて……ね。家も伯爵家で侯爵家の下ではあるけれど、注目されている家でもあるし。家を治めるための実力も、薬師の実力にも文句なしのものだ。今のところ、反対する理由はこの書類には見当たらない」


 そう、この書類には……ね。

 そう言った陛下は瞳を鋭くさせ、ソレイルをじっと見つめる。ソレイルもその視線を浴びながらも、微動だにせずに見つめ返す。


「君は娘のこと、どう思っているのかね?」


 そう聞かれたソレイルは少し考えてから口を開く。


「私は白雪殿のことを、愛しています」


 その言葉を聞いた陛下が目をそらさずにソレイルを射抜く。ソレイルは熱を込めた瞳で王を、白雪の父親を見返す。

 しばらくそうしていると、陛下がふっと力を抜いた。


「そうか。わかった、君たちの仲を許そう」


「ありがとう、ございます」


 姿勢を正したままソレイルが深々と頭をさげる。

 白雪の方を見ると微かに顔を赤くしている。それを見て、今度は私の番ですわねと心の中で呟く。


「それで、白雪。あなたはどうなのかしら?」


「え? わたしですか?」


「あなた以外に、私が白雪と呼ぶ人がいるのかしら?」


 眉を寄せて問いかけると、白雪がすみませんと小さく呟く。


「それで、どうなのかしら? あなたに、この薬師と、ソレイル・アンバレル次期伯爵の妻になる覚悟はあるのかしら?」


 私は手元にある扇をパチンッと閉じて白雪を見る。白雪は問われて、少し俯いた。


「わたし、今のところ何も取り柄がなくて、頼りがないです。それに人と喋るのがそんなに得意なわけでも、お義母様のように堂々としているわけでもありません。ですが」


 言葉を途切れさせた白雪がすっと顔を上げる。冬の空の青が、私の瞳を射抜く。そこにある熱に、私は確かに一瞬目を奪われた。


「わたしは、ソレイル様を支えるために努力を惜しむつもりは微塵もありません。……彼を、愛しているから」


 その言葉を聞いて私は気が抜けたように息を吐いた。


「そう、わかりましたわ。……ラインクルト様、私にも反対の意思はありませんわ」


 公の場では呼ばない陛下の、白雪の父の名前を口にする。


「エンメアンジュ」


 陛下も公の場では呼ばない私の名を呼ぶ。お互いにそう呼ぶことで、ここではお互い王と王妃ではなく、ただの父と義母としていることを示した。

 そのことに、三人とも気がついたようだった。全体の緊張が緩んだ。


「エンメアンジュもこう言ったことだし、私たちに君達の仲を引き裂く気はないよ。全力で応援させてもらおう」


 それを聞いて白雪とソレイルは目を合わせて、本当に嬉しそうに微笑みあった。その間に挟まれた、甥のグレルラージュは気まずそうに咳払いをする。

 それに、二人が意識を現実に戻し照れたように目を逸らす。

 そんな行動にグレルラージュは呆れた表情をしながらも、祝福を口にする。


「まあ、おめでとう。いちゃつくのは後にしてくれると、私は砂糖を吐かなくても済むんだがね」


 ***


 一年の婚約期間を経て、白雪とソレイルの結婚式が今日行われた。誓いが行われ教会の外に参列者たちが花道を作り、花嫁と花婿を祝福する。

 久しぶりの自分の故郷に懐かしさを感じながらも、初めての気持ちと光景を目に焼き付ける。

 白雪が真っ白なドレスと、私自ら編んだレースのベールを身にまとい、手にはオレンジと白の花で統一された花束が握られている。

 その隣には、夕焼け色の髪を後ろに綺麗に撫で付け白い礼服を身にまとったソレイルがエスコートするように、腕に白雪の手をのせその上から自身のもう片方の手を乗せて白雪の手を包み込んで、足を進めながら周囲に祝福されていた。

 徐々に二人が列の最後尾になる私たちの元へと近づいてくる。

 隣を見上げると、陛下も眩しそうに白雪たちを見つめていた。

 ついに二人が私たちの元へたどり着くと、陛下がまず声をかけた。


「おめでとう、我が娘よ。そしてソレイル殿、娘を頼んだよ」


 白雪は涙を流しながら、言葉を受け取り。ソレイルは陛下の言葉を、真剣な顔で頷いて受け取った。

 私の番が来る。


「あなたは、本当に手のかかる子でしたわね。不健康で、根暗で、話がきちんとできない、閉じこもりで、髪を切られたぐらいで家出はするわ、使用人の家に泊まり込んだり、そうかと思えば自国ではまだ発症したもののいない病にかかって死にかけて、治ったかと思えば今度は恋をして……。今は、結婚ですもの。……本当に、なんて、手のかかる子なのかしら……。……おかげで四年間しか、あなたの母親ができなかったじゃないの」


 そう言うと、白雪はびっくりしたように涙をたたえた目で私を見つめる。

 私も白雪の白い衣装が目に沁みたのか、目を守ろうと涙が滲んできた。


「あなたの実母、マリージェンヌとの約束がこんなに早く果たせるなんて、清々したわ。あなたの面倒を見て、自分の代わりにあなたの結婚式に出て欲しいなんて約束、何度したことを後悔したか。でも……こんなに早く終わるのならば、しても別に良かったですわね。……最後にもう一つマリージェンヌからの言葉があるわ、この言葉を私の言葉とも思って受け取りなさい」


 あの約束をした日と同じ故郷の空気と、白雪の衣装に目を細めると何かが目からこぼれ落ちたのを無視する。


『「幸せになりなさい、白雪」』



                   おわり

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