4-4

「……びっくりさせないでよね」


 カリーナは、やれやれといった風に肩をすくめながら、立ち上がったノインを見やった。

 ノインは再度床にひっくり返った際に打ち付けた後頭部をさすりつつ、


「そっちこそ、誰かも確認しねーでいきなり攻撃しやがって」

「手を出したのは謝るけど、そんな悠長な状況じゃなかったのよ」


 少々不服そうに言って、カリーナは胸の下で自身の体を抱くように腕を組む。彼女の服装はいつもとは違ってかなり動きやすそうなものだった。


「それで、なんでここにあなたがいるわけ? それにリリちゃんまで……公的機関に彼女を連れて近づかないようにするって、この前言ってなかったっけ?」

「あ、いや……まぁ、どうもここに魔法使いがいるらしいんでな。……夜の図書館こんなとこに職員も警備員もいないだろうし、大丈夫かなと」

「魔法使い?」

「ああ」


 そう返しつつ、ノインはさっき落とした〈ギムレット〉を拾い、隣のリリに視線を向ける。


「音はどうだ? まだ聞こえるか?」

「うん。聞こえる」


 その言葉を聞いて、ノインはさっと周囲を見回す。

 図書館の外でリリの言葉――魔法使いらしき音があると聞いたノインは、獲物を探して敷地内に侵入した。ただでさえ見つかるかどうかわからない魔法使いである。狩れるときに狩るべきだと判断してのことだ。

 たとえ厳重に戸締りがしてあっても、無人であっても、建物内――あるいはその周囲に魔法使いが侵入することはままある。そして討伐屋には、魔法使いを追うという理由があれば、公的機関への敷地内侵入はある程度認められていたりもする。


「音ってあれ? 魔法使いの出してるっていう」


 と、カリーナ。一応カリーナにもリリの能力の説明はしてあるので、話は早い。


「ああ、それだ。外はざっと歩いたが、見かけなかったんでな。中を探してたんだよ」

「ふぅん。けど私は魔法使いなんて見なかったわよ? あなたと出会うまでおかしな物音とかもしなかったし」

「そうか……まぁ、『変な音』みたいだし、勘違いなのかもしれねーな」

「変な音?」


 今回リリが感じたのは『変な音』であるらしかった。

 リリもよくわからないのだとしか返して来なかったが、一応、魔法使いの音ではあるらしい。


「……変な音ね……何なのかしら」

「さぁ。俺にもさっぱりだ」


 そう言うと、ノインはカリーナの出てきた部屋に向かって歩き出し、中を覗き込んだ。どうやらここは図書館の事務所らしい。


「で、お前はなんだ? まさかドロボーか?」

「…………」


 その言葉をカリーナは肯定も否定もしなかった。


「……犯罪には手を染めてないんじゃなかったのかよ」


 別に彼女の事情を深く詮索する気はないが、一応、突っ込んでおく。

 だがカリーナは、『ちょっといろいろあってね』、などと言いながら肩をすくめるだけだった。

 まぁ、何でも屋としての仕事という辺りが、妥当な推理だろうか。

 するとそこで、カリーナは別の話題を振ってきた。


「それにしても、よく中まで探す気になったわね。さすがに建物内の侵入は討伐屋でも違法よ?」

「いやまぁ、……一か所だけ窓が開きっぱなしになってたもんだから、魔法使いが中に入ったのかと思ってな」

「……開きっぱなしになってた?」

「おう。裏口のとこ。どうせお前もそこから入ったんだろ?」

「私は――」


 だがその直後、数発の銃声がした。

 目の前にいるカリーナが視界から消える。


「カリーナ!」


 混乱する思考に飛び込んできたのはリリの悲鳴。

 見ると、カリーナは床に倒れていた。自分の隣ではリリが、こちらのコートをきつく握って、カリーナに目を向けている。

 そしてカリーナの体からは暗がりでもわかるほど、血が流れ出していた。呼吸も荒い。


 カリーナが撃たれた――。


 即座に判断し、ノインは敵の姿を探す。

 が、探すまでもなく、それはすぐに見つかった。

 廊下の先、僅かな光を受けて見える人影。おそらく、犯人。

 だが、それは。


「なんだよコイツ……」


 ノインは戦慄した。

 そこにいたのは黒い頭と体を持つ、化け物だった。

 しかし首から下が普通のものと違う。体は黒い衣服とロングコートに覆われており、靴も履いている。そして手には黒い手袋。さらに右手には、黒いオートマチックが握られていた。銃口は、当然のようにこちらに向けられている。


「ノイン……あれ……変な音」


 怯えるように小さく、リリが告げる。


「なんの冗談だよ……こりゃ……」


 ノインはリリとカリーナを背後に庇いつつ、〈ギムレット〉を構え、その魔法使いと対峙する。

 じりじりとしたプレッシャーがノインの心を、思考を、徐々に締め付けてゆく。

 戦えるか? それとも逃げるか? いや、カリーナを連れて逃げられるか?

 いくつもの選択肢が脳内に巡る。

 だがあるとき、その魔法使いは、『喋った』。


 ――オマエハ、マダダ。

 

「!」


 直後、魔法使いはノインに向かって疾駆する。驚きと戸惑いで、ノインは一瞬反応が遅れた。だがその一瞬でも、魔法使いにとっては十分な隙だった。ノインは魔法使いに顎を掴まれ、片手で持ち上げられる。


「ノイン!」


 リリがノインを助けようと動くが、魔法使いは素早い回し蹴りで容赦なく彼女を蹴り飛ばした。小さな悲鳴を上げて、リリは事務所の中に叩き込まれる。


「っぐ、て……め……」


 ノインはすかさず銃撃しようとするが、それより早く、魔法使いはノインをリリと同じ場所へ投げ飛ばした。ノインは起き上がりかけたリリとぶつかって、事務所の机を数台なぎ倒す。そして倒れた二人の上には書類や本がどさどさと落下した。


「っ……リリ、大丈夫か?」

「うん……」


 しかしその時、ノインは見た。ドアの向こうで、カリーナが先の自分と同じように魔法使いに掴まれている。そして魔法使いは口を開き、カリーナを頭から食おうとしていた。


「やめろぉっ!」


 ノインは立ち上がり、魔法使いに突進しながら連続で射撃する。

 するとうち一発が魔法使いの腕に当たり、魔法使いはカリーナを取り落した。ノインはその隙を見逃さず、突進の勢いのまま、魔法使いに飛び蹴りをかます。

 魔法使いはよろめいた。ノインはすかさず射撃体勢へと体を捌き、魔法使いの頭部に銃口を向けてトリガーを引く。

 しかし撃発の直前、僅かに早くバランスを立て直していた魔法使いは、銃を握ったノインの腕を蹴り上げた。思わぬ抵抗に、ノインは大きく体勢を崩される。そして銃は落とさなかったものの、ほぼ同時に放たれた銃撃の反動は、ノインの隙をさらに大きなものにする。


(くっ……!)


 だがその隙に、魔法使いが狙ったのはノインではなかった。

 魔法使いは仰向けで倒れるカリーナに銃口を向け、引き金を引く。それはまさに、数瞬の出来事だった。

 銃声。

 胸部に銃弾を受け、カリーナの体が床の上で小さく跳ねる。

 その間、ノインは呆然とただ見ていることしかできなかった。

 すると魔法使いは、負傷した腕を修復しつつ、ノインを無視して近くの窓を破壊し、建物外に逃げ出した。その姿はすぐに闇に溶け、見えなくなる。

 静寂を取り戻した場に残されたのはノインと、リリ。

 そして力なく床に倒れるカリーナだけだった。

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