3-4

「おぅ。どーした?」


 ノインらが店に入るなり、ボスウィットは弾丸を制作していた手を止め、いつもの定位置からそんな言葉を(主にノインに)放ってきた。ニヤニヤした笑みから察するに、出勤早々にくたびれていたこちらの事情を、ある程度予測したのであろう。


「……なんでもねーよ」


 なんでもないなんてことは絶対ありえない、って声音でノインはボスウィットに言葉を投げ返した。そしてリリと共に、カウンター席に腰かける。

 ――と、そこで不意に、ノインは隣に座ったリリの頬に手を伸ばした。


「……ついてんぞ」


 言ってノインは、彼女のほっぺたについていたスコーンの食べかすを取る。

 このスコーンはここに来るまでの道中、夕食としてノインが買ってやったものである。彼女は、ものを食べることは好きなようで、食べ物の店にはえらく関心を示していた。

 食べかすを取ってもらったリリは感謝の表現のつもりか、ご機嫌でノインに抱き着く。

 ちなみに今リリは、ノインの黒いカラーシャツを一枚、防寒着代わりに羽織っていた。


「ちゃんと世話してるじゃねぇか」

「どーだかな」

「嬢ちゃんの顔見りゃわかる」


 ノインと会話しながら、ボスウィットは後ろの戸棚からグラスと、オレンジ色の液体が入った瓶を取り出す。そしてグラスに瓶の中身を注ぐと、ノインとリリに差し出した。

 が、ノインはすぐに眉をひそめ、彼をたしなめた。


「……おい、さすがに酒は飲ませられねーぞ」


 ここにはコーヒーでなければ酒か水しかないはずだ。

 しかしボスウィットは問答無用でグラスを置くと、太い腕を胸の前で組んだ。


「馬鹿野郎、ただのジュースだ。酒割るために買ったんだがな」

「……へぇ」


 彼の言葉を聞いて、ノインはさっきのお返しにとニヤニヤ笑ってやる。

 ボスウィットは基本的にストレートで酒を飲む。割ってもせいぜい水割りだ。甘ったるいジュースで酒を割るようなところは、今まで一度も見たことがなかった。

 つまりこのジュースはボスウィットが――おそらくリリが来た時のために――今日の昼間にでも買ってきていたのだろう。自己紹介の時にそっけなかったので子供嫌いかとも思っていたのだが、案外そうでもないらしい。


「……なんでぇその目は」

「別に?」


 ノインは口端を釣り上げた笑みをそのままに、ボスウィットを流し見る。

 視線を受けたボスウィットは、そっぽを向いて煙草をくわえると、さっさと火をつけて煙を吸い始めた。彼の周りにはいつもより少し多くの煙が舞う。久しぶりに見た彼の照れ隠しは、少し新鮮な気がした。

 するとそこで、ノインは咳払いと共にわざとらしく真面目な表情を作ると、口を開いた。


「なぁボスウィット。これはリリのためだと思って聞いてくれ」

「?」

「実はこいつの――」

「断る」

「……まだなんも言ってねーだろ」

「どうせ金がらみだろうが。……カリーナからもらった服でもさっそくダメにしたか?」

「…………」


 ――正解。


 ノインの発言は、リリの上着代についての(折半しようという)相談だった。駄目でもともとのつもりではあったが。


「……よくわかったな」

「たりめぇだ。嬢ちゃんの上着、おめぇのシャツだろうが。服一式見繕うつもりのカリーナが、この街で暮らす人間に防寒着渡さないってことはねぇだろう。となりゃ、なんかあって防寒着を駄目にして、そのシャツを着せてるってのが妥当なところだ。で、そうなった場合、お前は服の金の援助を頼むだろう。と、そんな推理だな」


 ――お見事。


 するとボスウィットは、ため息とともに手近な灰皿に煙草の灰を落としながら言った。


「あのな、昨日も言ったと思うが、金の援助はできねぇよ。俺だって生活はカツカツなんだ。何か必要なモンがあるなら自分で用意するこったな」

「人の給料博打にぶっ込んだ奴が言っていいセリフじゃねぇな? つーか、さっさと返せよ」

「………返すさ。今日の仕事終わりまで待て」


 ボスウィットの言葉にノインは半眼で彼を見据える。

 今更待ってどうなるというのだ。この時間では銀行も開いていないし、金の工面ができているならさっさと渡してほしい。だがボスウィットはその話題から逃げるように話を戻した。


「で、嬢ちゃんの上着はどうしたんだ? 昼間に追い剥ぎにでもあったか?」

「……ん……いや、そうじゃないんだが……まぁ、ちょっとな」


 とそこで、ノインはあいまいに返事をして、一度話を切る。

 今日ノインは、リリが魔法使いの力を持つ存在であることを説明するつもりでここにきている。家で何度も考えたが、そこはやはり正直に話しておくべきと思ったのだ。

 ただ、いざ話すとなると、躊躇いが顔を覗かせた。ボスウィットとて魔法使いの恐ろしさは知っている。最終的に市政府や公安に彼女を引き渡すということになる可能性は十分にあった。


(……けどホントの事隠して、ってのも、やっぱ違うよな)


 大事なことをこそこそ隠し合うような間柄でもないし、第一、ノインは仕事中に彼女をここに預ける話もするつもりだ。それならば、彼女の事情はきっちり説明するのが筋である。

 少しの間をおいて、ノインは決断する。

 そして彼は、今朝の一連の事件を嘘偽りなく、ボスウィットに語ったのだった。

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