025 こういう夜になることを期待していた

「ちょっ……? よ、酔っ払っているんですよね、大沼さん?」


 ベッドの上に仰向あおむけに倒れた高見さんがそう口にする。

 彼女の上に覆いかぶさった俺は、そこで動きが止まった。


 まっ、マズイ……。

 俺は……なんてことをしてしまったんだ……。


 あわててベッドから一人で立ち上がるが、俺は自分のやったことに動揺して声が出せなかった。酔いなんか一瞬で覚めてしまっていた。


 グレーのスーツ姿の高見さんが、ベッドに横たわったまま言った。


「お、大沼さん、酔っ払って足がもつれて、アタシをベッドに押し倒すかたちになっちゃったんですよね? ふっ……ふふっ」


 俺のやったことを笑って許してくれようというのだろうか?

 それでも高見さんは、上手く笑顔になれない様子だった。

 いつもは、ころころとあれだけ色んな笑顔を見せてくれる笑顔の達人が、動揺して顔がこわばっている。


 ミルクティー色の長い髪が、ベッドの上に広がっていた。

 普段、背中の真ん中あたりまで伸びている高見さんの長い髪は、こうして眺めるとベッドの上に本当にミルクティーでもこぼしたみたいな印象を俺に与えた。


 とにかく謝らなくちゃいけない。

 俺がそう思ったとき、高見さんの右目から涙が一筋流れた。


「あっ……ちょっとビックリしちゃって。涙が出るとは思わなかったな、ふふっ」


 高見さんは、今度は両目を細めてきちんと笑顔になった。でも、涙のせいで泣き笑い状態だ。

 それから彼女は、ベッドの上で上半身を起こすと、突っ立っている俺の右腕をつかんだ。


「ねえ、大沼さん……いいですよ。アタシ、心の準備できましたから」


 そう言うと高見さんが俺の腕を、ぐいっと引っ張る。

 俺はベッドに倒れ込むと、再び高見さんの上に覆いかぶさった。

 至近距離で顔を向かい合わせながら、俺は彼女に謝る。


「た、高見さん、すみませんでした。怖い思いをさせてしまって本当に――」


 言葉を続けようとしたところで、高見さんがキスで俺の口をふさいだ。

 数秒間の短いキスだった。突然のことに俺が言葉を失っていると、高見さんがイタズラっぽい笑顔を浮かべながら言った。


「ねえ、大沼さん。さっきのは事故ってことでいいじゃないですか。大沼さんは、酔っ払って足がもつれてアタシをベッドに押し倒しちゃった。そうしたら、二人ともベッドの上でその気になっちゃったってことで……どうです? ふふっ」


 ああ……もう、本当にこの人は、どうしてこんなにも俺にやさしいのだろうか?

 高見さんが話を続ける。


「だから大沼さんは、謝らなくてもいいんですよ。アタシだって実は、大沼さんとこういう夜になることを、心のどこかでは期待していたんですから。そうじゃなきゃ、大沼さんを自分の家に連れてきませんよ、ふふっ」


 そう言って高見さんは、両腕を俺の腰にまわしてきた。


「ただ、大沼さん。酔っ払っているからって、乱暴なのはやめてくださいね。いつもの大沼さんみたいに今夜もやさしい人でいてくれるって、アタシと約束してくださいよ」


 俺は彼女の言葉を受け入れ、そしてきちんと約束した。

 こちらの返事を聞くと高見さんは、ややつり目気味の両目を細めてにっこりと微笑む。

 彼女は俺の口にもう一度短いキスをしてから言った。


「じゃあ……いいですよ、大沼さん」


 高見さんは俺の腰にまわしていた両腕をはなした。

 ごくりとツバを飲み込んでから俺は、スーツ越しに高見さんの胸に触れてみる。

 おそらく、この過去に戻ってくる前の俺も、高見さんの大きな胸に興奮したことだろう。

 でもやはり、その記憶は戻らない。


 続いて、グレーのスーツのボタンを外し、その下に身につけていた白いカットソーをゆっくりとめくりあげる。ブラジャーに包まれた高見さんの大きな胸が、こぼれ落ちるように出てきた。

 ブラジャーは白地に水色の花柄刺繍はながらししゅうがあしらわれた可愛らしいデザインのものだった。


 本来ならここで性欲が暴走するくらい興奮するだろう。

 けれど……。

 どうしても俺は、少し考え込んでしまう。


 あれ? 確か、ブラジャーやパンツの色で、高見さんのことを可愛らしいと思った記憶があるのだけど……?

 このブラジャーもすごく可愛らしいんだけど、前に彼女を抱いたときに感じたのは、こういう可愛らしさではなかったような……?


 失った記憶に戸惑いながら俺が少し手を休めていると、顔をやんわりと赤くした高見さんが尋ねてくる。


「ど……どうしました? アタシの胸、なにか変ですか?」

「ああ、いや……」


 高見さんの胸はとても魅力的であることをきちんと伝えて安心させると、続いて彼女の下半身に向かった。

 グレーのスカートの隙間すきまから白い下着がちらちらと何度か見え隠れしていたのだけど、しっかり確認してみようと考える。


 スカートのファスナーを下げてそのまま丁寧に脱がせた。ベージュのパンティーストッキングに包まれた白いパンツが目の前に現れる。

 ブラジャーと同じデザインのパンツだった。白地に水色の花柄刺繍があしらわれている。

 パンスト越しに高見さんの白いパンツを眺めていると、彼女から質問された。


「あ、あのぉ……ひょっとして大沼さんって、こういうとき、相手の下着をゆっくり観察しながらするのが好きな人なんですか?」

「えっ?」

「いや……別にいいんですけど。それならアタシ、大沼さんに見てもらいたい可愛い下着があったのになあ……」

「俺に見てもらいたい下着……ですか?」


 高見さんはパンストと下着だけとなった下半身で、両足をもそもそと恥ずかしそうにこすり合わせながら言った。


「そのぉ……勝負下着とかいうやつですよ。アタシ、こういうときのためにちゃんと用意していたんですよね。だから少し残念だなあって思いまして」


 んっ……? もしかしてその下着が、俺の失われた記憶の中にある下着なのかもしれない。

 高見さんの勝負下着を目にして、たぶん俺は彼女のことを愛おしく思ったのだろう。


「ねえ、大沼さん。アタシの下着をじっくり眺めてもいいですから、その代わりにこっちのお願いも聞いてもらっていいですか?」

「な、なんです?」

「大沼さんの匂い、ちゃんとがせてもらってもいいですか? アタシ、そのぉ……ずっと嗅ぎたいと思っていたんです」


 高見さんの希望を俺は受け入れた。

 今度は俺がベッドに寝かされると、高見さんが覆いかぶさってきた。

 彼女の鼻先がすぐに、遠慮えんりょなく俺の首筋に迫ってくる。

 高見さんのやわらかな吐息とともにその鼻先は首の下から上へとのぼっていく。やがて耳の後ろにたどりついた。


「大沼さん……いい匂いがしますよ」

「汗臭くないですか?」


 俺がそう尋ねると、高見さんは顔をあげて、くすくす笑ってから言った。


「大沼さん、汗臭いからいいんですよ。大沼さんのこの匂い、すごく貴重きちょうなんですよ」

「貴重?」

「はい。大沼さんって男の人だけど、普段はあんまり匂いがないなあって思っていたんです。でも、こうして鼻をくっつけて嗅いでみると、やっぱりちゃんと体臭があるんですよね! これ、すごく貴重な匂いですよ、ふふっ」


 高見さんはそう言うと、俺の首筋や耳の裏の匂いをもう一度嗅ぎはじめた。

 彼女の上半身はスーツにカットソーという姿なのだけど、下はスカートを身につけておらず、パンツにパンストという姿だ。その非日常的な格好がなんだか妙にエロい……。


「うん。アタシ、大沼さんの匂い好きですよ。耳の後ろなんか、ジンジャーエールみたいな匂いがします」

「ジンジャーエール? 耳の後ろが?」

「はい。大沼さん、仕事中によくジンジャーエール飲んでいますよね?」

「うん」

「ふふっ。その匂いなのかな?」


 んっ……? この過去に戻ってくる前、高見さんと俺の体臭について話した記憶があるけれど、この『ジンジャーエールみたいな匂い』のことだったのだろうか?


 やがて高見さんがスーツの上着とカットソーを脱いだ。白地に水色の花柄刺繍があしらわれたブラジャーが再び俺の前に姿を見せる。


「大沼さんは、まだ服を脱がないでくださいよ。アタシが脱がせたいので」


 下着姿の高見さんが、パンストを丁寧に脱ぎながらそう言った。

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