第2話

 外観から見た他質素さ頑健さとは打って変わり、内装はきらびやかでいて女性らしい雰囲気だった。壁には厚手のタペストリーが飾られており、天井からは薄い繻子しゅすが垂れ下がっている。アジア系の異国の雰囲気だ。


 リンコは物珍しげに内装を眺めていた。床のあちこちに柔らかそうなクッションが置かれている。壁際には高く積み上げられて、横になれそうな細長い熱い生地を張ったベッドのようなものが置かれて、足の低い台もある。それはテーブルとして使われているらしく、水差しや取っ手のない器が置かれてあった。繻子を手繰ると、何人もの薄手の布を体に巻いた女性たちが横たわっている。皆の視線は、リンコに集中しており、ドゥルラナには興味が無いようだ。いちように首から様々な色の大きな石が下がっている。リンコの首にかけられた石と同じようなものだ。皆、自分の発情を押さえるための呪具として、ネックレスをつけているのだ。リンコだけがそれを知らない。ドゥルラナがプレゼントしてくれたものだと思っている。


 後宮に入ってから、ドゥルラナが一言も口を利かないせいで、リンコは好奇心よりも警戒心と怯えが強くなっていた。そのせいもあって、ガーディアンになるといった彼が恨めしく感じられていた。黙ったまま、女達の視線をかいくぐり、繻子をかき分けて行く。一番奥にたどり着いたらしく、ドゥルラナが立ち止まった。角に繻子が絡まないように身をかがめて、内側に入っていった。リンコもそれに続く。


 部屋に入ったドゥルラナが足を折って、座り込んだ。リンコもマネをして正座をする。床には分厚いじゅうたんが敷かれているので、石の感触は一切ない。


 高い台座や低い台座がその一角に飾られ、その上には金色の器が載せられている。壁には金色の糸が縫い込まれたタペストリーが飾られており、明らかに他の女達がいた場所とは違う様相だった。たくさんの大きめのクッションのなかに埋もれるように、顔を布で頭から隠した女性が横たわっている。他の女のように、薄絹を身に着けている。頭は帽子でもかぶっているのか、円錐形に布で覆われていた。


 布の隙間から覗く瞳は不思議な色をしている。虹色のオパールを思わせる色で、光の角度や見る角度で色が違った。長い布が、体全体と頭まで覆っているので、髪の毛の一本も見えない。唯一見える瞳の回りの肌の色から察するに、他の女達のようなミルクティー色の肌ではなく、まさにミルクのような乳白色をしているように思える。


 女が声を発した。鈴のような声だ。しかし、その口調は慇懃で、あまり歓迎してない風に聞こえる。


「ドゥルラナ、そちらが召喚した花嫁なのか?」


 ドゥルラナが上半身をかがめて、頭を下げた。リンコも真似をする。


「はい、ディヴァナシー様。この娘が花嫁です。リンコという名です」


 布のサラサラという音がして、ディヴァナシーが手を口元に当てた。その指は細く白魚のようだ。リンコは自分の指と見比べて、ため息を吐いた。醜いというけれど、本当にそうなのかわからなくなる。座っているだけなのに、ディヴァナシーからは威厳とたおやかさが伝わってくるのだ。リンコにはそのどちらもない。ガサツで子供っぽい。その時点で、リンコはディヴァナシーを美人だと断定した。


「リンコはもう発情しているのか? 雄除けのネックレスをつけていてもよく分かる」

「ディヴァナシー様も気付かれましたか……。こちらに召喚した時点ですぐに発情したので、慌ててネックレスをかけたのです」


 リンコは自分の首にかかっているネックレスを見つめた。これはドゥルラナからのプレゼントではなく、発情――とか言う失礼な言葉――を抑えて雄を遠ざけるためのものだったのか、と思うと、なんだか腹が立ってきた。リンコが首からネックレスを取ろうとした時に、ディヴァナシーが止めた。


「取るのはおやめ。ドゥルラナが困ってしまうではないか。ドゥルラナが雄除けを身につけさせるくらいなのだから、お前の匂いはよほどのものなのだろう」


 リンコはムキになった。

「どういう意味なの? よほどのものって。ドゥルラナがどう困るの」


 すると、いかにも面白げに、ディヴァナシーが笑った。笑う声すらも艶やかだ。


「ドゥルラナは普段から発情を抑える呪いを自分にかけている。だから、この後宮を行き来できるのだ。更に、用心のために雌にも雄除けのネックレスをかけさせている。わたくしにも」


 といって、ディヴァナシーが胸元を開いた。真っ白い眩しい胸元に青い石のネックレスがかけられている。


「これは、わたくし達が外に出た時に、雄達を刺激しないためでもあるのだ。お互いの自衛のためだ。もしこれを身につけずに外に出たら、雄達は雌を争って角競り合いをあちこちで始めるだろう。そして雌は雄を選ばねばならなくなる。もし、角競り合いをする相手がおらず、ふたりきりでいるとしたら、すぐにも番う準備が始まってしまうだろう。ドゥルラナはよく我慢したと思うぞ」


「番い……」


 想像することができない。麒麟と人間がどうやって夫婦になるというのだ……? リンコは青ざめた。


「番いになること知らないのか? 交尾をする方法もわからないのか? これでは子供ではないか。それなのに、発情した雌なのか」

「そうなのです……」


 ディヴァナシーの言葉にドゥルラナは困ったように答えた。


「それなのに、リョダリはこの雌を花嫁に今すぐするというのか? 準備が必要ではないか」

「そうですが……」

「そなたが、わざわざこの雌をここに連れてきたわけが飲み込めた」

「ありがとうございます」


 リンコにはさっぱり意味が伝わらない。

「どういうこと?」


「リンコとやら。お前は番う方法や交尾をする方法を学ばねばならない。それも、リョダリが望む期日までにだ」


 リンコは息を呑んだ。子供を作る方法をここで学んで、ドゥルラナが言っていた、子作りをして子供を生まないといけない……。


「絶対、それはしないといけないの!? リョダリとかいう人には許嫁がいるんでしょ!? その人と結婚して子供を作ればいいじゃない! それに、ドゥルラナはわたしを守るって言ったじゃない? それは嘘だったの!? わたしはリョダリの花嫁なんかになりたくない! 今すぐ家に帰りたい!」


 ディヴァナシーがため息を吐いた。


「ドゥルラナ……? ガーディアンになると言ったのか?」

「そうです」

「困ったことだ……。リンコ、許嫁はわたしだ。説明はされてなかったのか?」


 リンコは言葉に詰まった。確かにディヴァナシーの名前は聞いていたが失念していた。


「家には戻れないぞ。リョダリは激しい気性だ。逆らえば、命がないだろう。わたくしは雌達を守るために後宮に閉じこもったのだ。リョダリは誤解しているかもしれないがな……。それにリョダリは押し付けられたわたしを嫌がっている。雄特有の価値観でわたしを値踏みして」


 そう言うと、ディヴァナシーが頭から布地をとった。サラリと軽い音を立てて、布がディヴァナシーの膝の上に垂れていく。

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