幕間 ハジメと謝罪と母親と

「うう……本当にすみませんでした……」

 校長室のソファで頭を下げて小さくなるハジメの目の前には、にこにことした顔で部屋の主が腰掛けている。孫を見るようにしわだらけの顔をゆるめているが、招かれた理由が理由だけに全く落ち着けない。

 校長の肩ごしに見える落ち着いた色の壁紙。ちょうど昨日ハジメが「転送魔術」で取り寄せ、クレエの光線を受け止めて蒸発した鏡と同じ大きさの日焼けの跡が見える。

「いやあ、鏡がなくなったことで槙野くんを叱るつもりはないんですよ」

 思わず安心してしまうような穏やかな声が頭の上に降ってきて、思わず顔を上げる。

「へ……」

「ふ、その様子だと桐山くんにはこってり絞られたようですね」

「う……はい、その」

 つい数分前にドスのきいた声とすさまじい形相で叱りつけられたハジメは亀のように首を縮めた。

「いや、わざわざ来てもらったのはね、懐かしかったからなんです」

 いっそう目を細める校長に、首を傾げる。

「懐かしい……?」

「二枚目なんですよ、この部屋の鏡を生徒が魔術戦に使うの」

「え」

「君のお母さん……槙野零子くんが、そのソファで同じように小さくなっていたのと、今の君がそっくりでねえ。さすがは親子、ということでしょうねえ。全く同じことをするとは」

 校長はしみじみと呟いたが、ハジメはそれどころではない。

「お母さんもおんなじことしたんですか?」

「ええ。ちょうど君と同じ学年でね。当時私は彼女の担任でした。校長室の高い鏡を魔術戦の授業で転送して、光線技を反射しようとして、全損させていましたねえ。もっと良い鏡なら跳ね返せたと言い張るので、私もきつく叱りつけたものです」

 全く同じことをしたハジメはぽかんと口を開けた。

「まあ、この部屋に連れて行って先代の校長に頭を下げさせたら、今度は鏡を細かく分割して光を散乱させると言い始めるのでーー我々も呆れかえってしまったのですがねえ」

「そ、そんなこと言ってたんですか……」

 自分はこうして座っている間も心臓が口から飛び出しそうなのに、子供の頃の母親はどれだけ剛胆だったのだろう。

 昨日クレエから聞かされた話と、今の話。良く母親のことを聞くな、と思った。

「ええ、それはもう大胆で好き勝手で、卒業するまでとにかく色んな事件を引き起こしてくれましたよ。それはそれは愉快な三年間でした」

「あ、あはは」

 苦笑いするしかないハジメに、校長はすっと視線を向けた。一瞬、心臓を鷲掴みにされた気分になる。

「ハジメさんは、くれぐれも気をつけてくださいね」

「は、はいっ」

 頷かなければ殺られる――そんな気がして、必死に頭を上下させるハジメであった。

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