子の心親知らず

 親は何のためにいるのだろう。体裁のために子供を育ててどうするのだろう。それは、杏奈がここ最近ずっと考えている疑問。そんなことを考えるのには理由があった。


 買い物に行けば欲しいものを大量に買う。その金額を気にしたことは無い。父親の買い物が家計を圧迫している。それを知っているのは杏奈と母親だけ。その程度ならまだ許せる。問題はまだあった。


「ちょっと今から会議行ってくーるよー」

 ある時は会社の重要な会議だと言うのに酒を飲んでから向かった。二日酔いを理由に仮病で会社を休むこともある。まともな社会人なら信じられない行動だ。またある時は……。


「杏ちゃーん。電話、代わりに出てー」

 取引先からの電話も銀行や大学からの電話も、自身にかかってくる電話を全て杏奈に任せる。この時もお酒を飲んでいて、呂律がほとんど回っていなかった。またある時は……。


「俺寝てるからさ、親父のこと頼むわ」

 お酒を飲んでいない時に、認知症である自身の親の面倒を杏奈と母親に托す。自分は何もせず寝てるだけ。祖父母に異変があっても父親は知らんぷり。父の代わりに杏奈と母が対応しなければならない。


 父親は酒を飲まずにはいられない性格だった。酔って粗相をしたのは一度や二度ではない。粗相の片付けは杏奈がやっていた。悪酔いして学費を盾に杏奈を脅したことも、家を燃やそうとしたこともある。




 杏奈はゆっくり寝ることも出来ない。父親が何をするかわからないため、数時間おきに異変がないか確認する。寝ている時に父親に起こされることも頻繁だ。最近では会社での立ち位置も良くないらしく、今まで以上に酒に逃げている。


 父親がするのは酒を飲んでテレビを観て寝ることだけ。お金を稼いでいる以上感謝すべきなのだろうが、敬意を抱こうとすら思えない。それほど、杏奈は父親という存在に疲れきっていた。


「いい加減、酒に逃げるのはやめてください」


 ついに限界になった杏奈が酔った父親に怒る。しかし返ってきた言葉は杏奈の想定外のものだった。


「こっちはよぉ、世間体のために、学費払ってやってんだ。お前がいなけなりゃよぉ、こんなに苦労、しなかったんだ。これが、酒を飲まずに、やってらっかー!」


 杏奈がいるから金がかかる。稼ぐために仕方なく酒を飲む。つまり、父親が毎日酒に逃げるのは杏奈のせい……。




 父親の本音を聞いた杏奈は今日も悩む。親の存在意義について考える。考えることでしか、現実から逃れられないから。

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