6-3 私の心は決まってるの


 小鹿ちゃんが夏音をデートに誘った話は後から聞いたのだけど、私はその頃、教室の前の廊下で、フェネック・サラマンダーにお誘いを受けていました。


「サユキ。7月の花火大会ですが、私と見ませんか」

「あー、去年も夏音と行ったんだよ。フェネックも一緒に行く?」


 するとフェネックはブルーサファイアの瞳をキラリと輝かせて、チッチと右手のひとさし指を振ったのです。

「地上からではなく、空から」

 はい?

「マイ・ヘリコプターで」

 規模がでかい! あんた自家用ジェット持ちだったものね。ヘリもあるんだー。私なんてトミカでも揃わないよー。


 でもさ、花火大会当日はTV局の中継も入るから、そんなマイヘリとか、お邪魔なのではなくて?

「うーん。ちょっと高所は苦手かなぁ」

「そうですか、仕方ないですね。では我が家からならいかがですか。50階ですが」

 それは、十二分に高所ですよ……。ゾワゾワ。


「花火はさ、浴衣着て、お散歩しながら見上げるのがすきかな」

 そう、もちろんそれは嘘ではないのですけど、私がさっきから断ってるのは、どこから見るとかそういうことではないのです。


「すみません。時間なので失礼致します」

 返事を濁しているうちに、フェネックがサッと教室の隅に移動しました。彼はお祈りの時間が来ると、突然大きな布を敷いて、とある方角を向いて祈りだすのです。


 フェネックには取り巻きの女子がいっぱいいるんだから、何も私なんて誘わなくても、ハーレムごっこして花火見ればいいじゃないか、ねー。



 練習が終わった後、ちょうど羊田洋子先輩がいらしたので、私はさっきの話をしてみました。

「紗雪は夏音がいれば、みんなと一緒でもいいの? それとも夏音と二人で行きたいの?」

「え、もちろんみんなで行くので全然いいですよー!」

と元気に言ってから、ハタ、と考えてしまいました。


「あら、私は本音を言えば、山羊と二人で見たいわ。みんなで見るのも楽しいけどね」

 ふぁーーー。なんてストレート。こっちが照れちゃいます。

 しかも山羊部長と二人!だなんて、メンドー、あ、いやいや。

 人のこのみはそれぞれで。だから地球は成り立っている訳で。


「二人でいる時も部長は講釈を、いや、お話ずきなんですか?」

「そうね、案外あれで、二人でいる時はあまり喋らないかな。同じ本を静かに見てたり、ね」

 えーーー。あの口から生まれたような山羊部長が黙っている! なんというか新鮮。彼女と一緒の時って、違うものなのですね。

 私と夏音なんて、いつもおんなじテンションですけど!

「私たち、図書室で勉強してるのが毎日だから、なんとなく無音に過ごしてるのが癖になっちゃったのかもしれないわ」

 恋人だけに見せる顔なのかな。少しうらやましいエピソードです。


「ひつじ先輩、部長のどこがすきですか?」

「そうねぇ、私ね、小腹がすいた時用にいつもビスケット持ってるんだけど、あげると『ンメェ!』ってつい言っちゃうとこが萌えポイントかしら」

 えっと……、ご、こちそうさまです!


 この際、ついでに聞いちゃおうかしら。

「あのー、部長はひつじ先輩に、なんて告白したんですか」

「あらやだ、私から言ったのよ。ラブレター書いたの」

「てっきり部長が文学から愛の言葉でも引用して、口説き落としたんだと思ってましたー」

「ああ、全然意味がわからない哲学書からの引用はあったわね。多分私のことをすきなんだとは思ったから、仕方なくこっちから」

「うふふ。何て書いたんですか」

「忘れたわ。それに……。読まないですぐ食べちゃったのよ」

 ああああー!



 もうすぐ、花火大会。

 一緒に見上げる人は決まってる。私の隣を歩いているのは、いつも夏音なんだ。夏音がいるのが当たり前だったから。


 あ、それにね、私はきれいな夜空もほんとにすきだけど、それもだけど。

 えっと、花火大会の日は屋台のおいしいものが気になって、目移りしてあちこち行きたくなってしまうから。

 夏音が「迷子になったらメンドウだ」って言って、手をつないでくれるんです。

 あれが嬉しくて、どんどん振り回したくなっちゃうの。


 だから、やっぱり、夏音がいい。

 田舎ではじめて夏音と見上げたあの空。夜空に打ち上げられた花火は、何よりも大きくて、全てが包み込まれるようでした。

 あの時は自分が小さいからそう見えたにちがいないけれど、史上最大で、キレイすぎて怖かった。そばについていてくれないとだめなんだ。


 ずっとずっと、あなたに隣にいてほしい。


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