第4話

4

 ベルベット商会━━従業員数は、五十人を超える大手商会。

 この大きな建物の他に、うちのラノ商会のように、他の村に行き荷馬車での商売もしている。

 ラノ商会とは雲泥の差だ。

 俺は荷馬車を建物の前に置くと、赤い布地の服を着た兵士が近付いてきた。




「私はラノ商会のラノ・ホーフェンで、彼女は私の連れのアニです」


「ラノ商会さん……ラノ商会、あ、ありました、中で首領ボスもお待ちです。どうぞ」




 俺が名乗ると、兵士は手元の名簿を確認し、中へと促される。

 兵士はこのベルベット商会で雇われた者で、商品と商人の護衛を勤めている。

 二人の兵士を雇うのに、月にいくらの硬貨を支払っているのか……考えただけでも腹立たしい。


 俺とアニは木製の扉を開き、建物の中へと入って行く。

 建物の中は広く、客も従業員も活気があって、良い空気感を感じられる。

 そして、俺とアニは先程の兵士に連れられ、木製の階段を登っていく。

 二階建ての建物、これだけでも良い額になる━━駄目だ、妬みの感情しか生まれない。

 そして、階段を上がって一番端の部屋に入ると、中は薄暗く、円卓の机が一つ中央に置かれている。

 既に八の商人は来ているみたいだな━━空いてる席が四つ、まだ来てないのは俺を抜いたら後三つの商会か。




首領ボス、ラノ商会のラノ・ホーフェンさんが参られました」


「ふっふっふー、やっと来ましたわね、ラノ!」




 ああ、いきなり嫌な声が聞こえた。

 兵士の言葉に不気味な笑いを浮かべ、こちらに指を突きつける少女、彼女が、




「久しぶりだね、マリリン・ベルベット。相変わらず不気味な笑い方だ」


「━━なっ! こう言った方がカッコいいと思ったから言ったの! 勘違いしないでよね!」




 彼女は顔を真っ赤にしながら、プイッとそっぽを向く。


 マリリン・ベルベット、まだ年齢は一七になったばかりだが、既にベルベットの首領ボスだ━━俺なんかとは生まれた時からの才能が違う。


 容姿は一五〇くらいと小さめで、サファイアのような綺麗な緑色の髪を後頭部で縛り、歩く度にぷらんぷらんと揺れるのが特徴的な髪型、瞳は髪の色よりも暗めな緑色。

 そして年齢には似合わない程の大きな胸が彼女の一番の良い所だ。


 そんな彼女に、俺はゆっくり頭を下げる。




「本日はお招きありがとうございます、今回も宜しくお願いします」


「ふんっ! どうせ、今日もガラクタを持って来たのでしょ!」


「まあ、ベルベット商会の良い商品に比べれば、私の商品なんてガラクタですかね」


「そうよそうよ! ほら早く座りなさいよ」




 彼女は自分の商品に絶対の自信を持っている、だから褒めれば嬉しそうな顔をして、満足して話を終えられる。

 できれば不用意に関わりたくはない、前回みたいに邪魔をされたくないからだ。


 俺とアニは座ろうと思った、だが「ちょっと待ちなさいよ!」という無駄に大きなマリリンの声が聞こえ、足を止めた。




「ラノ……その後ろの者は誰よ! この会場には関係者以外立ち入り禁止よ!」


「……彼女は私の従業員ですが、何か問題でもありますか?」


「従業員? 彼女? だめだめだめ、ぜーったい駄目、従業員も立ち入り禁止よ!」


「いやいや、他にも従業員を連れて来ている者がいますが?」


「それでも駄目よ! ……女なんて」




 彼女は首を横に何度も振り、だだっ子のように話を聞かない。また始まったよ。

 こうなったら聞き分けないんだよな、ベルベットは。

 仕方ない、アニには外で待っていてもらうか━━




「まあまあベルベットさん、良いじゃないですか? 他の方も従業員を連れて来ている事ですし?」


「なっ……リード商会の━━それでも私がここの首領ボスなんだから、私の言う事は絶対なんです!」


「……ベルベットさん耳を貸してください」




 ベルベットは「何よ」と呟きながらリードに耳を寄せる。

 何を話したのか、ベルベットは真っ赤な表情になり、一度咳払いをしてから、




「まあ……仕方ないわね。今回は特別に許すわ。ほら、早く座りなさい」


「えっ、ああ、ありがとうございます。ほらアニ、早く座るよ」


「……はい、にゃ」




 小さな声で、にゃを付けたのは後で説教するとして、俺とアニも椅子に座る。

 隣にはさっき止めてくれたリード、この会場の中で唯一仲が良いと言える少年だ。

 俺はリードに小さな声でお礼をした。




「リード……助かったよ、ありがとう」


「いえいえ、それよりどういう風の吹き回しですか? ラノさんが従業員を雇うなんて」


「まあ色々と合ってな、これ以上は聞かないでくれよ」


「えー気になりますね、商売の匂いがしますよ?」


「いやいや、リードの得になるような話じゃないから安心してくれ」




 リードはなんとか納得してくれたのか、白い歯を出しながら、ニコリと笑った。

 リード商会の領主ボス━━リード・マクスウェル。

 俺よりも三つ下の二一歳だが、既に従業員一〇名の商会を営んでいる。

 金色の長髪に白い肌、身長は一六〇と小さめだが、低身長と顔の良さが合っていて、かなりの美少年な容姿だ。

 商人になってからはまだ三年くらいだが、彼には二つの武器がある、一つはその天から頂いた容姿、そしてもう一つは巧みな話術だ。


 見た限りでは、俺よりは従業員数は多いが、ベルベット商会とリード商会の他にはあまり有名な商会はいないな、これなら場所さえ良ければ━━




「それでは皆さん集まったので、始めたいと思います」




 ベルベットは一度手を叩き、全員の注目を集めたとこほで話始めた。




「本日の夜、おそらくハーモニク国の騎士団がこの村に来ると思われます━━理由は皆さんもご存知だと思います、近隣の森で魔物が異常発生し、その魔物達の討伐だと思われます」




 やっぱりそんな大事になっていたのか。

 ハーモニク国ともなれば、一度の派遣で数百人は来る、それに冒険者も合わせれば━━商人としては美味しいな。




「おそらく、怪我を癒す薬草の補充は不可欠、そして武器も防具も新調するのは必然━━ですので、売上はいつもの倍以上にはなるでしょう。そこで、今回もくじ引きを行います」




 今回もこのくじ引きシステムを採用するのか。

 前回はこのくじ引きシステムで最悪の数字を引いてしまい、最悪の売上だった、今回はなんとしても、良い数字を引く! いや、引かせて下さい神様!


 ベルベットは透明の小さな箱と、一二枚の数字の書かれた白い紙を手に取り、




「ルールは前回同様です、なので詳しい説明は省きますね」




 本当に簡単なくじ引きだ。

 時計と同じで、一二の数字の場合だと門から反対側、そして当たりなのは六の数字で、門から正面の位置になる。


 そして、 ベルベットは紙を透明の箱に入れ、箱を置く。




「さあ、好きに取りに来て下さい、あっ、見るのは皆さんが取ってからにしてください」




 誰も動かない、周りを伺っているのか?

 こんなの運だ、前回は最後に引いて失敗した、今回は一番に引く。

 だが、隣に座っていたアニに袖を掴まれ、




「……主、私が引く」


「……なんで?」


「……われは元猫、視力は良い。あんな少し混ぜただけじゃあ、わが目は誤魔化せない」


「……なるほど、わかった。頼むよ」


「任せる、にゃ」




 親指を立てるアニ、また「にゃ」と言った、完全に後で説教だ。

 まあ、結果次第だが━━




「じゃあ、私から引かせてもらいます」


「ラノの……ええ、どうぞ」




 アニは手を上げ、ゆっくりと箱に向かった。

 この時点で、ある疑問が生まれた。


 ━━あれ、アニはルール知ってるのか?


 詳しい説明は省いたよな?

 じゃあ、アニは何の数字を狙ってるんだ?


 アニを止めようとした、だが既に引き終わり、アニはフードで暗くなった表情からうっすらと笑みを浮かべている。




「……主、引いてきたぞ」


「……アニ、念のために聞くが、何の数字を狙ったんだ?」、




 淡い期待を胸に宿し、アニに問い掛ける。

 すると彼女はニコリと笑い、




「……もちろん、一番数字の高い一二にゃ」




 あっ、終わった。後で完全に説教だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る