第13話 「学生いろいろ」


 大学には、全国から(海外からも)学生が集まります。

 医学部も例外ではなく、いろいろな学生が入学します。高校卒業後すぐに入学してきた現役生、一浪、二浪、三浪。推薦入学者、他学部からの編入学者、社会人を経てから受験をやり直した人、帰国子女、独身、既婚者……。

 境遇もさまざまです。地方の小さな開業医や勤務医の子ども、大病院の後継者、一般のサラリーマンの子ども、家族の病気により一念発起した妻帯者……。出身は東西南北、年齢も性別もまちまちですが、入学すれば仲間です(注1)。一学年、百人前後が集まります。


 専門課程に進級後、ある日、大学の学生寮で暮らす男子学生が言いだしました。

「クラスの名簿を作ろう」

 入学時、実は、それっぽいものを作っています。各自の暮らすアパートやマンションの住所と電話番号、簡単な自己紹介を載せた文集のようなものを。

「何を今さら?」と、同級生たちが怪訝に思っていると、彼は首を横に振って言いました。


の名簿が欲しいんだ」


 ――大学医学部には、附属病院があります。外科に、彼の部活の先輩が勤務していました。

 高次医療を担う大学附属病院、一般の病院では対応できない重傷者が搬送されてきます。手術も多く、連日大量の輸血が行われています。

 日本の場合、輸血に使われる血液は、ほぼ全て献血によってまかなわれています。皆さまが日本赤十字社に提供して下さった血液は、種類別に分けられ、保存処理をされたうえで、要請のあった各病院へ運ばれます。

 これが、間に合わないことがあるのです(注2)。


 緊急手術の際、出血がひどく、病院にストックしている血液が足りなくなると、先輩は、学生寮にいる(つまり、居場所が分かっている)後輩に、夜な夜な電話をかけてきます。

「おい! 血が足りないんだ。お前、A型を何人か連れて来い!(注3)」

 あたふたと彼は同級生に電話をかけますが、一人ひとりの血液型を知っているわけではなく……人数が集まるまで、せっせと探しまわる羽目に陥るのだそう。


「毎回、大変だから、血液型別緊急連絡網を作るのに、協力して欲しい」


 生きて歩く血液バンクってわけですね(注4)。


 一応、医学を志して集まった仲間たちです。快く(?)血液型を教え合い、ABO式血液型別緊急電話連絡網(長いな……)が出来上がりました(注5)。

 ちなみに、当時の日本人の血液型人口分布は、A:B:O:AB=4:3:2:1でした。全国から集まった百人の同級生の分布も、およそこの通りになっていて、一同「おお~っ」と感心しました。


 この血液型別緊急連絡網、しばしば活用されましたが、最も呼び出し回数が多かったのは、大方の予想通り人口の少ないAB型と、需要の多いA型でした。

 呼ばれても、不摂生な学生のこと。酔っぱらっていたり体調を崩していたりして、「ちっ、使えない」と言われたことが、あったとか、なかったとか……(注6)。

 五、六年生合同の臨床講義中に、外科医局から白衣集団がやってきて、「今すぐ、O型は来てください。授業はいいから、協力を(注7)」と呼ばれ、連れて行かれたことも。


 大学病院でうろうろしている学生は、患者さまにとって鬱陶しい存在でしょうが。こんな風に役に立っていることもあるので、まあ、大目にみてやって下さい。





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(注1)出身は東西南北、年齢も性別もまちまち

 方言を含め、さまざまな異文化交流が行われます。五十年前は、一学年百人中、女子は五人、という状態でしたが、筆者が学生の頃は二十五人程度。現在は、約半数が女性です。


(注2)間に合わないことがある

 新鮮凍結血漿や、赤血球MAP、血小板製剤などの血液製剤には、保存期間が定められています。採血後二~三週間が限度ですので、大量にストックしておくことは出来ません。減ってくれば注文しますが、輸送に時間がかかります。真夏や真冬など、献血者が減る時期もあり、血液は慢性的に不足しています。


(注3)A型を何人か連れて来い。

 彼はA型ですので、毎度、真っ先に呼び出されていました。こういう時の先輩は、容赦がありません。


(注4)生きて歩く血液バンク

 いや、献血センターか。みんな、素直に協力するところは流石です。無論、ボランティア(無償)です。


(注5)ABO式血液型別緊急電話連絡網

 この血液型は自己申告ですので、間違っている場合がありました。採血時に調べ直してもらいましたが、珍しい血液型(Rhマイナスなど)と判明した学生は、以後、卒業までV.I.P. (Very Important Person 最重要人物)と呼ばれました。


(注6)「ちっ、使えない」

 こういう時の先輩って、本当に容赦がありません。殺気だっていますからね(涙)。


(注7)授業はいいから

 講義をしていた耳鼻咽喉科の教授は驚きましたが、外科のドクター達の迫力に圧倒され、「O型の人、協力してあげて……」と小声で仰いました。


 後日、同僚に訊ねたところ、血液型別緊急連絡網を作って学生が献血に協力したのは、私の大学(学年)だけだったもよう。「部活の先輩に声をかけられて協力したことはあるけれど。名簿まで作っていないよ~」と言われました。

 冬になると雪で交通機関が麻痺する土地で、そこそこ人口が多い(需要のある)都市だったから、でしょうね。




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