番外編 芝村慶吾の懸念

 幼い頃からずっと一緒に過ごしていれば、そこに男女の関係などあるはずがなく。互いの関係は、兄妹のようなもの……となるのがほとんどである。

 そういう話を、よく聞く。……だからきっと、俺みたいな奴は珍しい方だったのだろう。


 確かに傍目に見れば、俺達は喧嘩ばかりの兄妹みたいに見えていたかも知れない。実際、あいつからすればそんなもんだったのかも知れない。


 それでも俺は――芝村慶吾は。幼馴染であるはずの、乃木原佳音のことがずっと……好きだったんだ。


「あたし、おっきくなったら、けーごのおよめさんになったげる!」


 ――なんて、話もあったけど。そんなもん、幼稚園に入る前くらいのことだ。その言葉の意味なんて、大して知りもしない頃の戯言だ。

 それに……あいつになら、俺も諦めがつくってもんよ。


 ……そう。そんなこと、解りきってるはずなのに。

 あいつの気持ちを知ってから、竜斗ダチを応援するって、決めたのに。


 どうにも俺は、オトナになれず……佳音のことを、引きずり続けていた。あいつと積み上げてきた半生まで、奪われちまったような気がして。

 そんな自分が、どうにも情けなくて……俺はせめて何かできることをしようと、喫茶アトリで働いている。


「慶吾君、コーヒー淹れるのも随分上達したわねぇ。頼りになるわ」

「いえ……自分なんて、全然まだまだっすから」


 カオルさんは何も言わずに、俺を雇ってくれているが……彼女のことだ。俺がどんな気持ちでここに来たかなんて、お見通しなのだろう。


 ……せめて。いつか、ヒーローとしてやるべきことを終えたあいつが、帰ってくる時まで。あいつが帰る場所を……ここを、守る。

 それが多分……佳音のことを乗り越えるために今、俺がすべきことなのだと思う。


 ――ただ、将来のことで。俺には、一つの大きな「懸念」があった。


 最近になって、城北大学付属病院の藍若勇介院長が……「ニュートラルを無効化する研究」を纏めた論文を、学会に提出したというニュースがあったのだ。

 それが実現しようものなら、今のニュータント社会にも新たな希望が見える。ノーベル平和賞待った無し……などと報じられ、今はどこもこの話題で持ち切りになっている。


 結構なことだ。竜斗からの便りによれば……望まぬうちにニュートラルに感染した後、力を制御出来なかったせいでヴィランと認定され、「殺処分」されるケースもあるのだという。

 「治す」という選択肢が市民に与えられるなら、それだけでかなりの治安回復が見込めるはずだ。誰もがきっと、諸手を挙げて藍若院長を賞賛するだろう。


 ……その先のことを想像して、不安に思うような奴など。ヴィラン共か……俺くらいのものだ。


 ニュートラルを無効化する治療。それが実現すれば、いつの日かきっと――この世界から、超人がいなくなるだろう。ヒーローもヴィランもない、人間だけの……平和な世の中だ。

 今のニュータント社会はニュートラルありきのものなんだから、その前提が崩れれば……人間だけが残る。


 そして。ニュータントでも人間でもない竜斗は……今度こそ、独りになってしまう。

 いつか、この世界が本当に平和になった時。あいつは……あいつに惚れてる佳音は、一体どうなってしまうのだろう。


 ヒーローでいる必要がなくなった時。ヒーローにならざるを得ないあいつは……どうするのだろう。

 人でもニュータントでもない、その歪さを……世間は、どう見るのだろう。


 ダチとして。惚れた女を託す、男として。俺はただただ、心配でならない。


 ◇


 組織的に活動するヴィランの多くは、自分達の「力」を世間に知らしめることを目的としたテロ行為を、断続的に実行している。センセーショナルな事件を起こせば、それを報じるメディアを通じて人々はヴィランを意識し、恐れるようになるためだ。


 その恐れは、そのままヴィラン組織が持つ「影響力」となり、社会に混乱を呼び込む厄災となって行く。

 それを繰り返して勢力を拡大し、今や全世界にその名を轟かせた一大兵団の一つが――「吸血夜会」だ。


 ヒーロー達に潰されることなく、存続してきたヴィラン組織は日を追うごとに「力」を蓄え、精強になる。大抵の組織はその前に壊滅させられるのだが、そうならなかった「例外」は、「吸血夜会」のように肥大化して行くのだ。


 彼らはセンセーショナルな「PR」の舞台として、並の組織なら手を出さないような領域に易々と踏み込んでは、事件を起こす。古くからそうやって彼らは、人々の憎しみと悲しみを糧に、勢力を伸ばし続けてきた。


 ――しかし、近年になって。その躍進に、歯止めが掛かるようになってきた。魔界の皇子にして、名うてのヒーローである「デーモンブリード」が、本格的に動き出したのである。

 さらに、彼に続くように次々と現れた新進気鋭のニューフェイス達が、「吸血夜会」の前に立ち塞がったのだ。連綿と続いてきたヴィラン組織の歴史に、幕を下ろすために。


「元気君、伏せてッ!」

「はいはいッ――と!」


 その戦いは、今日も続いている。


 神嶋市の南端に設けられた、南国風リゾートホテル。

 上流階級やその親族しか利用出来ない、このセレブリティな「領域」に――白昼堂々と踏み込んできた吸血鬼達は、2人のヒーローに蹴散らされていた。


 真紅の炎を纏う、不動明王の如き出で立ちのヒーロー「レッドブレイズ」の頭上を、レイボーグ-GMの「英雄極光ビームスプレーガン」が通り過ぎ――噴水広場からロビーに群がる吸血鬼達を、次々と撃ち抜いて行く。


「……そうら、『火炎縛り』ッ!」


 その「牽制射撃」にたじろぐ一瞬の怯みを、灼熱の闘士が見逃すことはない。頭を上げたレッドブレイズは、その勢いのまま炎の縄を放ち――レイボーグが撃ち漏らした「吸血夜会」の刺客を、次々と捕らえて行く。


 しかし、その炎熱の力を前にしても。悪の尖兵に堕ちたニュータントの群れは、絶え間なく狼藉を繰り返していた。

 ラウンジになだれ込んで来た吸血鬼は、荒事を知らぬ貴人達の血を吸おうと雄叫びを上げる。彼らは逃げ遅れた貴婦人の肩を掴むと、御馳走を堪能すべく大口を開き――そこに円形のシールドを投げ込まれた。

 レイボーグ-GMに投げつけられたシールドで牙を破壊され、のたうつ悪魔。その顔面を踏み潰した後、鋼の銃士は盾を回収して左腕に装着する。


「竜斗さん、本来ここの防衛に当たってたヒーロー達は!?」

「とっくにやられてるみたいだ。……僕達が通りがかって、ラッキーだったよ。対策室から応援を呼んでたら、間に合ってなかった」

「……ったく。『吸血夜会』を舐めてるからそういう目に遭うんだっての!」


 そこへ合流してきたレッドブレイズと言葉を交わしつつ、レイボーグ-GMは吸血鬼達との大立ち回りを続ける。

 ――このホテルの警護を任されていたヒーローや警官隊は、すでに「吸血夜会」の餌食になっていたのだ。偶然近くまでパトロールに来ていた2人が、戦線に加わっていなければ……今頃このリゾートホテルは、無辜の人々の鮮血に彩られていただろう。


「竜斗さんッ!」

「よしッ!」


 ラウンジからヴィラン達を叩き出し、上階から噴水広場まで次々と吸血鬼共を投げ落としていく。水飛沫を上げて墜落していく彼らは、甲高い悲鳴を上げ続けていた。

 それでも彼らは退却を選ぼうとはせず、まだ現場から避難出来ていない利用客を狙っていく。その光景を目にしたレッドブレイズは、別の階で戦っていたレイボーグ-GMに声を掛けた。


 次の瞬間、用件を察したレイボーグ-GMは背後に向かって盾を構え――そこに向かってレッドブレイズは、必殺の「火炎弾」を放つ。

 円形のシールドに受け流された火の砲弾は、軌道を変えて利用客を追っていたヴィランに直撃した。


「きゃああぁっ、助けてぇっ!」

「盾いいっすか!?」

「どうぞ!」


 その間に別の吸血鬼が、ヒールが折れて逃げられずにいた少女を襲う。だが、技を放った直後では決定打になりうる一撃を出せない。

 そこでレッドブレイズは、レイボーグ-GMから「得物」を借り受けることに決めた。彼の要請に応じて、鋼の銃士は高熱光線銃アームブースターの連射で、眼前の敵勢を薙ぎ払いながら――左腕の盾を取り外し、レッドブレイズ目掛けてフリスビーのように投げ飛ばす。


「――そらッ!」


 その「得物」を受け取ったレッドブレイズは、吸血鬼の後頭部に特殊合金製シールドをお見舞いした。ブーメランのように投げつけられたその盾は、少女を脅かしていた悪鬼を容易く吹き飛ばしてしまう。


「竜斗さん!」

「わかった!」


 さらにレッドブレイズは、借りていた盾を上階から投げ落とすと。燃え盛る腕から放つ「ファイアーラリアット」や、全身に火炎を纏って突撃する「バーニングタックル」で、次々と吸血鬼達を跳ね飛ばし――1階に降りて戦っていたレイボーグ-GMの眼前に、叩き落としていく。

 そして。その痛打を浴びてなお戦おうとするタフな個体が、反撃に移る前に――盾を回収したレイボーグ-GMの一撃を以て、沈めてしまうのだ。


「悪いけど、そこで寝てて」


 柔らかな口調に反した無慈悲な打撃が、吸血鬼達の意識を刈り取っていく。特殊合金製の盾で頭を殴られて、まともに意識を保てるニュータントなど滅多にいない。

 この容赦のない連携攻撃によって、100人以上いた「吸血夜会」の刺客達は……そのほとんどが、たった2人のヒーローによって仕留められてしまったのであった。


「……『全力プラズマ火炎弾』ッ!」

「……『英雄極光ビームスプレーガン』ッ!」


 残り僅かとなった吸血鬼達は、ようやく継戦が不可能であると気づき、退却を試みるが――頭数が減って的が減った以上、逃す道理があるはずもなく。

 レイボーグ-GMの右腕に備わる光線銃の一閃と、レッドブレイズの両腕から放つ最大火力の「火炎弾」によって――吸血鬼達は、1人残らずノックアウトされたのであった。


 ◇


 かくして――レイボーグ-GMとレッドブレイズの活躍によって、「吸血夜会」の襲撃部隊は壊滅。リゾートホテルの従業員や利用客達に犠牲者はおらず、撃破されたヒーロー達も命に別状はなかった。

 2人のヒーローの手で、今日も平和が守られたのである。彼らに救われた上流階級の者達は、初めて間近で観るヒーロー達の活躍に、惜しみない拍手を送っていた。


「おの、れ……! 英雄気取りのヒーローどもが……! 『吸血夜会』が在る限り、貴様らに安息の日などありはしない……! いずれ我が同胞が、この世界をッ――!」

「無駄口を叩くな! とっとと歩けッ!」


 ――そんな中。水を差すように喚く吸血鬼達の生き残りが、警官隊を率いる乃木原警部によって連行されていく。

 周囲の人々から汚物を見るような眼で蔑視されながらも……彼は最後の最後まで、叫び続けていた。


「……どんなに世界が変わっても、どんな未来が来たとしても。僕のやることに、変わりはないさ。行こう、元気君」

「……うっす」


 そんな彼の怨嗟の声を、耳にしながら。竜斗は静かに――それでいて力強く、自身の意志を口にする。


 ――それは。

 遠い場所で暮らす友人の「懸念」に対する、「答え」のようであった。


 やがて事件を解決した竜斗と元気は、踵を返して現場から立ち去り――それぞれの「持ち場」へと戻って行く。


「さ、僕はパトロールに戻らなくちゃ。元気君も研修が終わって、今日が初めての単独パトロールなんだよね? この街、結構複雑だから……迷子にならないように気をつけてね」

「うっす。竜斗さんも、お気をつけて」


 その後、愛車である「TM250F」に跨る竜斗を見送る中で……元気は興味深げに、その姿を見つめていた。


(……あの神威教官が、自分からスカウトした数少ないヒーロー、か。なるほど、確かにすげぇや)


 自らヒーローの門を叩き、資格証ライセンス取得の為に訓練を受けた彼や、「生裁戦甲せいさいせんこうセイントカイダー」こと炎馬勇呀ほむらばゆうがとは違い――アーヴィング・J・竜斗は、神威了が直々に・・・スカウトした例外中の例外。

 話でしか「キャプテン・アーヴィング」のことを知らなかった元気は……神威が彼をスカウトした理由であろう、あの戦闘力を目の当たりにして。ヒーローとして超えなければならない「壁」を、新たに見出していた。


(でも……俺だって負けてねぇ。見てな竜斗さん、このレッドブレイズ――必ずあんたを超えて見せるぜ!)


 そして、黒い半袖パーカーを靡かせながら――真紅のバイクで走り去って行く、「先輩」の背中に拳を向けて。

 必ず超えると、人知れず決意する。


(なんだかあの子、芝村君に似てるんだよね。……今頃、どうしてるかなぁ)


 その一方で。血気盛んな後輩の姿に、友人の面影を見た竜斗は――今度はいつアトリに帰ろうか、と思案に暮れていたのだった。


 ◇


 ――その頃。


「あ、はぁあぁあ……なんと凛々しいお姿なのでしょう……。あぁあ、レイボーグ様ぁ……」


「み、見ろ……桃乃様がまた興奮しておられるぞ」

「これは……今宵も『レイボーグ講座』でしょうな……」

「こ……今度は入門者用の30分コースでしょうか。それとも……上級者用の5時間コース……!?」


 ちゃっかりリゾートホテルの現場に居合わせ、愛するレイボーグ-GMの活躍を目撃していた天宮桃乃が――人目も憚らず恍惚の表情を浮かべて、その艶やかな肢体をくねらせていたのだが。

 当の竜斗自身には、知る由もないのであった。


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電光熱閃レイボーグ オリーブドラブ @HAWK

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