完結編 英雄譚の終焉、そして幕開け

 ――人智を超える超人の力を、悪業に利用するニュータント犯罪。

 ニュートラルウイルス自体が、まだ全貌が解明されていない病原体である以上、その力を使うニュータント犯罪の形態や規模も、未だに未知数なのである。


 その多様さは、ヴィラン対策室でも完全には把握しきれていないのが実情であり――「未知数」の牙を受けるのはいつも、何も知らない市民か、その身で彼らの盾となるヒーロー達なのだ。


「くッ……!」

「……噂ほどでもなかったな、レイボーグ-GM。貴様の英雄譚も、これまでだ」

「覚悟しな、メカ野郎。今スクラップにしてやるからよ!」


 日本有数の大都市・戒都かいとの路上は今、灼熱が逆巻く異形の戦地と化している。その渦中で膝をついているのは――実力派のヒーローとして、民衆に知られているはずの「レイボーグ-GM」だった。

 パトロール中、戒都の市街地で暴れている2人のヴィランを発見した彼は、いつも通りに制圧を試みたのだが――他のヴィランとは余りにも別格なその強さに、圧倒されているのだ。


 彼の正面と背後に立ち、ヒーローを追い詰める2人のヴィランは――天を衝く火柱や車の残骸を背にして、その猛威を振るい続けている。逃げ惑い、この場から走り去って行く市民達には目もくれず、彼らは障害になりうるヒーローだけに狙いを絞っていた。


 ――彼らの腰に巻かれている、キューブ状のデバイスが付属したベルト。その中央には、妖しい煌めきを放つコインが装填されている。


「行くぞッ!」

「くッ――!」


 正面に立つ蜘蛛の怪人は、8本の腕から放つ鋭い糸で、レイボーグの機械化ボディを斬り裂こうとして来た。

 それを間一髪かわした彼の背後から、蝙蝠の怪人が飛来し――レイボーグの片脚を、その鋭い爪で斬りつけてしまう。転倒した彼は尻餅をつき、立ち上がることさえ出来なくなってしまった。


「があッ……! つ、強い……この人達、ただのニュータントじゃない……!」

「ニュータント……? ふん。俺達『ビョーマ』を、ただのニュータントと一緒にするなよ」

「『ビョーマ』……!? ――くっ、『英雄極光ビームスプレーガン』ッ!」


 起死回生を狙い――レイボーグは右腕の9mm口径アームブースターから、必殺の熱光線を放射する。だが、2人のヴィランはいとも容易くそれをかわすと――空中から交差するように彼の右腕を狙い、その砲身を破壊してしまった。


「ぐぁあッ!?」

「これでその光線砲も、ただのガラクタだな。――トドメだッ!」

「くたばりやがれぇッ!」


 足を斬られ、頼みの綱のアームブースターも破壊され、満身創痍のレイボーグでは為す術がない。抵抗する力を奪われた彼は、前後から挟撃を仕掛けてくる彼らに対し、何も出来ず――


(カオルさん、芝村君……乃木原さんッ!)


 ――最期を迎える。


 かに、見えた。


 風を斬るかの如く、彼の眼前を横切った瞬速の蹴りが――蜘蛛怪人の顔面を打ち抜くまでは。


「ごはァッ……!?」

「んなッ!?」

「――!」


 その瞬間に、この場にいる全員が驚愕していた。火災と瓦礫に囲まれた、このアスファルトの戦場に――また1人、超人が現れたのである。


 ――紺色のボディスーツを走る、サイバー風のライン。白銀の胸部アーマー。「一」の字を曲げたような軌跡を描く、オレンジ色のスコープレンズを備えた、フルフェイスの仮面。

 その鋭利な外見に反して、蹴りの威力は凄まじく――先程の一撃で、蜘蛛怪人は車の残骸を突き抜けるほどに吹っ飛ばされていた。手痛い不意打ちを受けた彼は、憤怒の形相で立ち上がってくる。


 ――仮面戦士の腰に装着された、漆黒のドライバーには。白銀に輝く、1枚のコインが装填されていた。


「そのコイン……ベルト……貴様、ただのビョーマではないな!」

「ビョーマですらねぇよ、お前らと一緒にするな」


 その殺気を浴びても、仮面の男は全く意に介さず――レイボーグを庇うように立ちはだかる。そんな彼を見上げる改造人間は、見覚えのないヒーローの勇姿に息を飲んでいた。


「あなたは……!?」

「……SURVIVER、そう覚えときな。さぁ、お前ら――何を賭けて戦う」


 「SURVIVER」。そう名乗る彼は、怪人達に問い掛ける。だが、彼の台詞を挑発と受け取った怪人達は、言葉ではなく刃で返して来た。


「何を訳のわからないことをッ!」

「死ねやぁああァッ!」


 8本の腕から放つ鋭利な糸。両翼の先端で輝く、鋭い爪。彼らの刃が、空を裂き――SURVIVERに迫る。

 だが、紺色の戦士は身構えもせず、ただ静かに刃を待っていた。そして、殺意を纏う彼らの切っ先が、白銀の胸に届く――瞬間。


「ごあッ!?」

「がはッ!?」

「……!」


 目にも留まらぬ速さの拳と、蹴りが。刃の隙間をすり抜けるように、彼らの顔面を打ち抜いていく。

 すれ違いざまに迎撃を浴びた彼らは、アスファルトの上を転がるようにSURVIVERの背後に転倒してしまった。

 圧倒的な速さと、一撃の重さ。並のヒーローからは逸脱したその戦闘力に、レイボーグは仮面の下で目を見張る。


「き、さまァッ……!」

「てめぇッ、殺してやる……!」

「だったらさっさと立ち上がってこい、口先では俺は殺せんぞ。――ゼツ・・、剣をこっちに」


 この戦士の特異さは、それだけには留まらない。彼は空間から機械仕掛けの剣を取り出すと、柄部分のソケットに乳白色のコインを装填した。


『Count!two!!great charge!!』


 ――刹那。電子音声と共に、機刀の刃が白く眩い輝きを放つ。

 その得体の知れない「力」の奔流に、怪人達は瞠目するが……並のニュータントを凌ぐ「ビョーマ」としてのプライドが、彼らに撤退を許さない。


「……殺すッ!」

「そんなもんで、俺達がアァッ!」


 怪人達は自らの刃を振るい、覆い被さるようにSURVIVERへと飛び掛かる。


「生憎だが、俺はまだ負けるわけにはいかない。……倒さなきゃいけない奴らがいるんでな」


 水平に振り抜かれた刀身が、彼らを斬り伏せ――怪人態への変身を解除させたのは、その直後だった。


 人間としての姿に戻された、かつての怪人達。彼らは気を失ったのか、膝から崩れ落ちていくように倒れ伏してしまった。

 その一部始終を目撃したレイボーグは、圧倒的な戦闘力で「ビョーマ」を制圧したにSURVIVERの力に瞠目し、声を掛ける。


「強い……あなたの力は、一体……?」

「こいつらと同じ、コインの力さ。……こいつはニュータント以上の力を人に植え付けて、『ビョーマ』にさせる。そいつらを撲滅させるのが、俺の――SURVIVERの仕事だ」

「コイン……!?」


 SURVIVERはレイボーグに背を向けながら、その問いに答えると――怪人達の腰に装着されたキューブ状のデバイスから、コインを引き抜いていく。


「いつかまた、どこかで会おうぜ。――レイボーグ-GM」

「……!? ま、待ってください、SURVIVERッ!」


 それを懐に収めた彼は、レイボーグの方を一瞥すると――何処ともなく、炎の向こうへ走り去ってしまった。


 戦いの終わりを感じた消防隊や警察が、慌ただしく現場に集まりつつある中、瞬く間に行方を眩ましてしまったSURVIVER。

 その背に伸ばしたレイボーグの手が、届くことはなく……彼の姿は、陽炎の彼方に消えてしまった。


「あのコインが、『ビョーマ』の力の源泉……なのか……? それを使うあの人は、一体……?」


 ただ1人、現場に残されたレイボーグは独りごちるが……その問いに答えてくれる者は、もういない。


 ――答えはいずれ、彼の者を追う物語で。「SURVIVER」の英雄譚で、明かされるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る