第三一話:ジョーカーズパークス

「久しぶりだな」

 縦に長いエアカーに乗り込むと、奥の座席から慎が話しかけてきた。

「そうだね」

 英二はそれに軽く応じ、慎とは斜めに向かい合う形で座席に座った。

 エージェント総会が終わってまだほとんど時間も経っていなかった。慎が代表を務めるギルド、ジョーカーズパークへの所属が決まった英二は、早速ギルドのオフィスに案内されることとなった。

 総会後に指定された乗車エリアに向かうと、リムジンのような縦に長い高級車が停まっており、中には運転手の他には慎が1人で乗り込んでいた。

 英二が着座したことをミラー越しに確認すると、運転手は「では、出発しますね」と声を掛けて車を飛ばした。音や振動は全くなく、自然に滑らかに車は動き出した。それだけでハイテクノロジーの高級車であることが分かった。

「どうだい、気分は?」

「まだふわふわしてるよ」

「ははは、それは無理もない。何せ、自分の父親と初めて対面したわけだしね」

「まあね。何ていうか、オーラあったな、親父」

「そうだろう。私達を率いる、言わばカリスマだからね。君が注目を浴びる理由も分かっただろう」

 そう言うと、慎は英二の方に身を乗り出してそっと右手を差し出した。

「そして君はそのプレッシャーにも負けず見事にアカデミーを突破した。改めておめでとう」

 英二はその手を握り返す。

「ただの合格じゃないよ、首席合格」

 にやりと慎に軽い笑顔を見せる。慎もそれに余裕のある笑みで応える。

「そうだ、だからこそ君はうちに来ることになったんだ。私達はファミリアを先頭で引っ張る存在なんだ。少数精鋭の実力者集団さ。何せベストエージェントの私が率いているわけだしね」

 確かに総会での慎は圧倒的な存在感を放っており、その立ち振る舞いからは王者の自信と余裕が漲っていた。

「それに、君は選ばれし者でもある。どうだい、黒い魔気はコントロールできるようになったかい?」

「うん、もうすっかり」

 己に備わる黒い魔気。

 その力は当初は英二の手に負えず荒れ狂うことが多かったが、次第に英二はその制御の術を身に付けていった。今となってはその力の強さを自分の意のままに活用できるようになり、英二にとって大きな味方になっていた。

「それは良かった。またそう遠くない未来で、その力が必要になる時がくる」

「そうなの?」

「ああ。でも、まずは地道な通常業務に慣れてもらうのが先だ。その力については私から追々説明するよ」

「分かった」

「ギルドのみんなも君に期待してるよ。オフィスに着いたらみんなでパーティーでもして親睦を深めよう。みんな良い奴だから安心してくれ。運転手さん、オフィスまで急ぎ目でよろしく」

「かしこまりました」

 車は一層スピードを上げた。そのまま車は空の中を風を切って進み、ぐんぐんとポートフォリアの街を後ろに置き去りにした。


 リムジンは1時間ほどの空の旅を終え、地下の暗がりの中でまばゆく光を放つ街の中に着陸した。

「さあ着いた。ここが私達のオフィスだ」

 リムジンを降りるとそこには白い外壁に囲まれた円形の建物が広い庭の中にそびえていた。4階建てで、建物の直径は50メートルほどだろうか。素人目に見てもセンスの良い建物だ。

「ダイニングスペースに行こう。主役の到着をみんな待っているよ」

 慎に付き従う形で玄関をくぐり、そのまま1階のダイニングスペースに辿り着いた。部屋の中を覗くと、5人の男女の姿が目に入った。

 当然ながら見ず知らずの人間ばかりだが、その中に1人だけ、馴染みのある顔があった。

 兵馬だ。

 兵馬は英二を見つけると、「おお」と声を上げて駆け寄ってきた。

「久しぶりじゃねえか、英二少年」

「ああ」

 相変わらずの高いテンションに少し苦笑いが漏れる。しかしこのアウェイの空間に知り合いがいるというのは心強いことだった。

「いやあ、やっぱりお前はやる男だと思ってたよ。え、首席だって? さすが俺達が迎えに行っただけあるってもんだな」

 兵馬は愉快そうに笑っていた。

 英二は兵馬に合わせながらも、改めて部屋の中を見渡した。暖色を中心にコーディネートされ、洒落た雰囲気の部屋だ。

 部屋の中央には大きな円卓が置かれ、それは十人で囲んでもまだ少し余裕があるくらいの大きさであった。その円卓の上には豪華な食事が用意されている。地上世界で見たこともあれば、ちょっとお目にかかったことのないような料理も用意されていた。

健蔵けんぞう、今日もうまそうじゃないか」

 慎がキッチンにいる男に声を掛ける。

「でしょう? 今日は新入り君がいるってんで、ちょっといつも以上に張り切っちまいましたよ」

「楽しみだ」

 ちょうどその時1人の女性が部屋の中に入って来た。その女性は英二を見るなり賑やかな声を張り上げた。

「あら、英二! もう着いてたのね!」

 その声の主は江里菜だった。

「江里菜さんも、ここの……?」

「そうよ、私もこのギルドの一員よ。ビックリしたでしょ?」

 江里菜は英二に向かってウインクを投げかけた。

「さあみんな、立ち話はそこら辺にして席につこうじゃないか。腹、空いてるだろ」

 慎が椅子に座りながら号令をかける。円卓を囲んで話をしていた面々も席につく。英二もそれに続き、兵馬の横の空いている席に座った。

「さあ、いただきますと行く前に、みんなに紹介しなきゃいけないな。兵馬の隣に座っている新顔の少年が、桜井英二だ」

 7人の視線が一気に英二に集中する。みな興味津々な目線を英二に投げかけている。

「今日から我がジョーカーズパークの一員として生活することになったから、みんなよろしく頼むな。じゃあ英二、自己紹介してみようか」

 唐突な振りに面食らいながらも、英二は何とか言葉を探して口を開く。

「どうも、桜井英二です。んーと……足引っ張らないように頑張るんで、よろしくお願いします」

「アカデミー首席のくせして随分控えめなんだな。最近の若者はみんなこうなのかい?」

 慎の横に座っている、屈強そうな肉体をした男が口を開いた。綺麗に整えられた髭が勇ましい。

「もう哲郎てつろう、そういうこと言わないの。誰だって見ず知らずの人間に囲まれたら控えめにもなるでしょうよ。初めまして、英二。私の名前は祥子しょうこよ。よろしくね。このギルドに入って10年は経つ古株だから、分からないことがあったらなんでも聞いてちょうだい」

 栗色の髪の女性が英二にニコリと笑顔を向ける。英二はそれにぎこちない笑みを返した。

「2人ともこのギルドに入って長いんだ。歴で言うとツートップだな。随分前からギルドを支えてくれている功労者さ」

 慎が注釈を加える。

「おいおい、まるで俺たちがじじいばばあみたいな言い方はやめてくれよ、ボス」

「実際似たようなもんじゃない。今更若作りしたってしょうがないでしょう」

「けっ。まだまだ負けねえぞ、俺は」

 慎、哲郎、祥子の絡みは自然で淀みがなく、長い付き合いであることがそのやりとりからも伺い知れる。

「残りのメンバーも紹介しておこう。まず、哲郎の隣にいるのが健蔵だ。料理がめちゃくちゃうまくて、今日のごちそうだって用意してくれたんだ」

 慎が再度仕切り直す。紹介を受けた健蔵が口を開いた。

「もちろんシェフが本業ではなく、普段はちゃんとエージェントとしてしっかり働いてるから、そこは心配しないでくれよ新入り君」

 健蔵がにこりと歯を見せた。

「そしてもう1人、江里菜の隣に座っているのが敏樹としきだ。絵が上手くて、芸術家としての一面もある多彩なエージェントさ」

「……どうも」

「ははは、普段は口数が少ないが仲良くなれば色々な話をしてくれる面白い奴さ。ぜひ仲良くなってくれ。さて」

 慎が円卓全体をぐるりと見渡した。

「これまでの私達7人に英二を加えた計8人が、新生ジョーカーズパークだ。みんな、よろしく頼む」

「おうよ」

「はい、楽しみね」

 卓を囲んだ会話は盛り上がりを見せ、英二にとって初めてとなるギルドでの夜はあっという間に更けていった。

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