第三十話:巡り合わせ

 本川のアナウンスを受け、凱の右2つ横に座っていた男性が立ち上がった。

 小鹿野統括はそのまま前方の演台に進み、簡単な挨拶に続いてここ1年間のファミリアの活動を振り返り始めた。

 受注件数124%成長、利益135%成長など、終始ポジティブな内容が続く。ファミリアの業績が良いのは数字からもよく読み取れた。

 小鹿野統括に続いて、続々と幹部陣が1年間の報告を行った。人事・国際情勢・教育など、ジャンルは多岐に渡った。

 そして、開幕から30分ほどの時間が経った頃、司会の本川が言葉のトーンを上げた。

「さて、いよいよ皆さんお待ちかね、アワード発表の時間です! この1年間で最も華々しい活躍を収めたと認められた個人とギルドがいよいよ発表となります!」

 場内の熱気とボルテージも俄然高まる。

 エージェントアワード。エージェントなら誰もが憧れる栄誉だ。

 このアワードを受賞することは大きなキャリアのステップアップにつながり、受賞者はファミリアの内外を問わず引っ張りだことなることが多い。

「今年は誰が、そしてどこがこの栄誉を手にするのでしょうか……では参ります! まずはこちらの賞からの発表です!」

 壇上の巨大なスクリーン、その画面に大きな文字で『ベストルーキーアワード』の文字が表示された。

「最初の発表はベストルーキーアワードです! 1年前に華々しくデビューした新人エージェント達。その活躍は目覚ましいものがありましたが、その中でも最も素晴らしい活躍をした個人に送られる本賞。 一生に一度の栄誉を受けることになるのは誰なのか……? ではヘッド、お願いします!」

 本川の熱のこもったアナウンスを受け、再び凱が演説台に立った。

「ルーキーのみんな、本当にこの1年素晴らしい活躍をしてくれたな。ありがとう。そして今日からは2年目となり、後輩も出来るわけだが、いつまでもこの1年のような純粋な気持ちを忘れずに頑張ってくれ。さて、ではアワードを発表しよう。今年のベストルーキーアワードは……」

 場内が静まり返る。

「ローズガーデン所属、佐久間さくま由梨ゆり! 受賞おめでとう!」

 わっ!という歓声が場内に響いた。特に英二達の右斜め後ろの一体からは際立って大きな歓声が上がった。

 思わずそちらを振り向くと、その中から1人の少女が両手で口元を抑えながら立ち上がった。

「佐久間由梨さん、おめでとうございます! どうぞ壇上へお上がりください! この1年、ルーキーとは思えない大車輪の活躍! 特に皆さんの記憶に新しい希少動物奪還作戦では、主幹事エージェントとして先陣を切りミッションを成功に導きました!」

 佐久間は信じられないといった表情を浮かべながら、凱の待つ壇上へと上がった。凱はにこりと微笑み、記念のトロフィーを佐久間に手渡した。

「さあ佐久間さん、受賞のスピーチをお願いします!」

 本川に促され、佐久間は演説台に立った。その瞳には涙が滲んでいる。

「……こんな素晴らしい賞をいただけて、本当に信じられないような気持ちです。最初は何も出来ず泣いてばかりいた私を見捨てず導いてくださったギルドの皆さん、そしてそれ以外のスクエアの皆さんには感謝しても仕切れません……泣き虫由梨と呼ばれていたのが懐かしいです。でも、今日でもうそれは卒業です。このファミリアの新人賞として恥ずかしくないよう、強い気持ちでひたむきにミッションに取り組んでいきます。これからの私にも期待していてください。本当に皆さん、この度はありがとうございました!」

 場内に割れんばかりの拍手喝采が鳴り響いた。佐久間は堂々とした笑みを浮かべて壇上から降りる。

「すごい……かっこいいなあ……」

 隣の結有が佐久間の勇姿を見て思わず言葉を漏らした。

「やっぱ憧れるなあ、新人賞! だって一生に一回だもんね。私も来年あそこに立ってみたいなあ」

「ここに強敵がいるよ」

「わっ、宣戦布告だな。負けないもんね!」

「ほっほっほ。よいよい」

 側で話を聞いていた小柳津が朗らかな笑い声を上げた。

「では、続いてのアワード発表に移りましょう!」

 再び本川のアナウンスが始まった。


「さあ、いよいよアワード発表も大詰めでございます! 残す章は1つのみとなりました」

 ベストルーキーアワードに続いて、多くのアワードが発表された。その度に場内は大きく沸き立ち、受賞者は喜びをスピ―チに込めた。

 そして残す所わずか1賞というタイミングに差し掛かり、場内のボルテージは最高潮に達していた。

「皆さんお待ちかね、この1年最も活躍したエージェントに贈られるベストエージェントアワードの発表です! ヘッド、お願いします!」

 会場中の耳目が壇上の凱に一挙に集中する。

「特に説明は必要ないだろう。この1年最も活躍したエージェントを発表する。今年のベストエージェントアワードは……」

 凱は少しの間を置いた。

「ジョーカーズパーク、有川慎!」

 場内からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 慎……!

 英二は聞き覚えのある名前に内心驚いた。

 自分から離れた右側後方の席から1人の男が立ち上がり、壇上へと上がった。最前列にいる英二からははっきりとその顔をとらえることが出来る。間違いない、慎だ。

 慎は壇上で凱と握手を交わし、トロフィーを手渡された。

「有川慎さん、おめでとうございます! これで通算4度目の受賞。圧巻の実績です! それでは受賞スピーチをお願いしたいと思います」

 本川が慎に促す。凱に代わって演説台に立った慎は、少しマイクの高さを調整し話し始めた。

「大変栄誉ある賞をいただき、感謝しています。ですが、ここはまだ通過点。個人として果たさねばならない大きなミッションが行く先に山積しています。油断も満足も許されない状況がまだまだ続きますが、引き続き精進していきたいと思います。今後ともよろしくお願いします」

 再び場内から拍手が起こる。慎は壇上から降り、元の席へと戻って行った。

「有川さんありがとうございます! 皆様、もう一度盛大な拍手をお願い致します!」

 拍手が再び盛り上がり、慎への賞賛が贈られた。徐々にその音が小さくなり、やがて鳴り止むと場内の空気は少し寛いだものへと変わっていた。

「さあ、総会もいよいよクライマックスです。最後を飾るのはもちろん、皆さんお待ちかね、新人エージェントの紹介です! 今年はエージェントアカデミーを18名の精鋭たちが卒業し、晴れてプロのエージェントとして認められています。その18名を皆様にご紹介するとともに、彼ら彼女らの所属ギルドもここで初公開となります。では再び桜井ヘッド、よろしくお願い致します!」

 凱は少し笑みをもらした後、新人の紹介に入った。

「期待のルーキー達、俺達の宝だ。みんなよろしく頼むぞ。それじゃあ新人紹介といこう。アカデミーの終了成績が良かった順になっている。まずトップバッター、アカデミー首席卒業者……」

 前方のスクリーンに英二の名前と写真が大きく映し出された。

「桜井英二。さあ壇上へ」

 会場から拍手と歓声、そしてそれ以上のどよめきが上がった。

 英二はアカデミーの入学式を思い出しながらステージへの階段を上った。壇上へ上ると凱とまっすぐ目が合った。

「無事にここまで辿り着いたか、英二」

 英二は表現することの難しい不思議な高揚感に包まれた。体が熱くなる。

「さて、みんな気になって仕方がないだろうからはっきりさせておこう。この桜井英二は、紛れもなく俺の息子だ」

 ざわめく場内。とうとう凱の、父の口から事実が語られた。

 英二の頭の中を様々な感情が去来する。

 もうこの世にはいないと告げられていた父。

 その父が今、自分の目の前にいる。

 それも大組織を束ねるトップとして――

「みんな、俺の息子だからって、えこひいきしてくれなんてアカデミーに頼んだりはしていないから安心してくれ」

 凱が場内に語りかけると笑いが起こった。

「ここで親子話をしても仕方ないからな。さあ、彼の所属するギルドを発表しよう」

 凱は手元のモニターに目を落とした。

「桜井英二、ジョーカーズパークへの配属だ。おめでとう。有川慎を始めとするジョーカーズパークのみんな、よろしく頼むぞ」

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