第4章:エージェントデビュー

第二八話:観光都市と老人

 卒業生発表からから一晩明けた翌日の昼前に、英二ら卒業生はとある教室に集められた。

 昨晩は卒業の可否を問わず、皆で朝まで騒ぎ語り合っていたため、眠そうな顔をした者も多い。英二も例に漏れずその1人で、欠伸を必死に噛み殺していた。

 パン、と部屋の扉が開き小柳津と油屋が部屋の中に入って来た。2人も昨日とは打って変わってリラックスした雰囲気を漂わせている。

「おはよう、諸君」

 教壇に立った小柳津がにこやかに話し始めた。

「改めて、アカデミーの卒業本当におめでとう。君たちは晴れてプロのエージェントとなることが決まった。将来有望なみんなに我々も大きな期待を抱いている。ここで学んだことを大いに活かして活躍して欲しい」

 小柳津はそう言うと、右手をかざして後ろのスクリーンの表示をオンにした。スクリーンには、何やら大きなホール会場とそこに集ったたくさんの人々が映し出されていた。

 何かの映画祭みたいだ、と英二は地上世界でテレビ越しに見た光景を思い出した。

「私の後ろに映っているのは、我らがファミリアのエージェント総会の光景だ。1年に1度、ファミリア内の全エージェントが一堂に会するビッグイベントだ。講義でも習っただろうと思う」

 確かに講義の中で総会についての言及があったことを英二は思い出した。その1年で優れた成果を収めた個人やチームを表彰する場でもある、と教官が言及していた気がする。

「君たちはエージェントとして活動するわけだが、まずはファミリア内のどこかのギルドに所属してキャリアをスタートさせることになる。先輩達に習って仕事を覚えていくわけだ。その後は、そのギルドに残り続ける者、他に移る者、独立して個人で開業する者などキャリアは様々だがな」

 小柳津はテンポよく話を進める。

「そして君達がキャリアをスタートさせるギルドはこの総会の場で発表される。新たにエージェントの仲間となった君たちの紹介と併せてな」

 はい、と斉人が手を挙げた。

「なんだね片山くん」

「ギルドの所属はどのように決められているのですか?」

「君らにしたら当然気になるところだね。これから各ギルドのトップを集めた新人ドラフト会議が開催されるんだよ。そこで、各ギルドは事前に決められた順番に希望の新人を指名していく。ギルド間の交渉も同時に行われるわけだがね」

 まるでプロスポーツの世界のようだ。

「ドラフトの実施が3日後、そしてエージェント総会の実施は8日後だ。総会会場は地下有数の観光都市、ポートフォリアだ。詳細はまた追って連絡するので、それまでは大いに羽を伸ばしてリラックスしてくれ」


「うわあ、すごーい」

 地上が近付き機内から街を一望すると、結有は歓声を上げた。

 観光都市ポートフォリア。そこは古くから娯楽の盛んな地下世界のリゾート地として栄えていたという。上空からもその華やかさが伺い知れた。

 この街が、1年に1度ファミリアの全エージェントが集うエージェント総会の舞台だ。英二ら新人エージェントは、小柳津らアカデミー教官陣と共に飛空挺でポートフォリアに向かっていた。

 いよいよ街が眼下に近付き、やがて広々としたスペースに飛空挺が着陸した。

 機内アナウンスが無事ポートフォリアに着いたことを告げる。皆続々と荷物を手に機内から出て行く。英二と結有は最後尾から3、4番目とかなり最後の方に機内を出た。

 飛空挺から顔を出すと、煌びやかな光に包まれた街並みがそびえていた。

 英二は一瞬にしてこの街が観光地として愛される理由を理解した。この街にくるだけで誰もが高揚した気分になれる、そう言われるのも納得だ。

 機内から地上へ続く階段を降り、送迎用のエアバスに乗り込んだ。

「みんな、いるか」

 油屋が車内を見渡しながら問いかけた。

「さて今からホテルに向かうことになる。各自フロントでキーを受け取って部屋に荷物を預けてくれ。その後は明日の総会まで自由行動だ。せっかくポートフォリアに来たんだ、目一杯楽しんでくれ。明日は18時半から開場するから、それまでにアリーナの前に集合するように」

 油屋の説明が終わると、エアバスはホテルへと向かって進み始めた。

 英二はホテルの部屋に着くと荷物を置き、すぐに部屋を出て結有、亨、章夫とロビーで落ち合った。卒業試験でチームを組んだ面々だ。

 共に必死に卒業試験に臨んだメンバーの間には強い絆が生まれており、自然と一緒にいることが多かった。

「よし、行こうか」

 英二が号令をかけ、4人はホテルを出てポートフォリアの街に繰り出した。街にはネオンがきらめき、街中に踏み込む人々の欲望を煽っていた。

 英二らは街中の屋台で簡単に腹を整えると、物珍しそうな顔で街の中を練り歩いた。

「すごーい……さすがリゾート地って感じだね」

「こりゃあ舞い上がっちまうのも分かるな」

「全部の店に入ってたら夜が明けちゃうな」

 一通り街を見て回った後、亨が他のメンバーに切り出した。

「なあ、カジノ行こうぜカジノ! ポートフォリアと言えばカジノだってガイドブックに書いてあるの見てから、行きたくて仕方なかったんだよな」

「カジノ? なんか怖そうだね……」

「大丈夫だって。普通の観光客もよく行く娯楽施設らしいから」

「カジノか……面白そうだね」

「よし、決まり!」

 亨に率いられる形で、4人はこの街の名物、シティカジノに足を踏み入れた。街の華やかさにさらに輪を掛けて、豪華な景色が中に広がっていた。巨大なシャンデリアが天井から吊るされ、光を煌かせている。

 すごい、どれくらいお金かかってるんだろう――

 英二は場内を見て圧倒された。

 しばらくうろうろと中をうろついた後、英二らは内心ビクビクしながらカジノに挑戦し始めた。

 勝ったり負けたり、少々の赤字を出しながらも英二はカジノの魅力にとりつかれていった。

 夜も峠を越えた頃、英二はブラックジャックの卓に付いていた。かれこれ6、7ゲームはもう戦っている。

 英二は隣に座る1人の老人と熾烈な争いを繰り広げていた。

「ブラックジャック。今回は私の勝ちだな」

「くそっ。もう1回」

「少年、ここいらでちょいと休憩しようじゃないか」

 老人は英二を連れてバーカウンターへと向かった。

「ブランデーとクールライムを1つずつ」

 老人はバーのマスターにオーダーした。

「ほれ」

 マスターから渡されたクールライムを老人は英二に差し出した。

「どうも」

 英二は素直にそれを受け取った。

「やるじゃないか少年。若いのに、ここまで私と張り合える者はそうそういないぞ」

「今日が初めてなんですけどね、このゲーム」

 老人が驚いた顔を見せる。

「なんと、初めてとは。これは驚いた」

 そう言うと手元のグラスに口をつけた。

「いやあすごい若者がいるもんだ。君は何をしにポートフォリアへ? もしかして、新人さんかね」

「新人? エージェントのこと?」

「そうだ」

「ああ、そうです」

「ほほ、それはそれは。卒業おめでとう、を言わねばなるまいな」

 老人はグラスをくいと持ち上げ、英二に向かって差し出した。英二もそれに併せて手に持ったグラスを差し出す。

「未来ある若者の門出に、乾杯」

 カラン、とグラス同士が綺麗な音を立てた。

「私の名前は玄徳げんとくだ。もし迷惑でなければ、君の名前を聞いても良いかね」

「はい。俺の名前は英二。桜井英二です」

 それを聞いた玄徳の目が少し見開かれたように見えた。

「なんと……」

 玄徳が小さな声を漏らした。そして英二の顔をまじまじと見つめる。

「もしや、君のお父さんの名前は……?」

「桜井凱。そうです、このファミリアのヘッドです。俺はまだ会ったことすらないけど」

「そうかそうか……」

 玄徳が再びグラスに口をつけた。ブランデーを口に含みながら目を閉じて目の前の景色を黒色に塗り潰す。

「いよいよか」

 玄徳が再び目を開けた。英二の方を見てクシャッとした笑みを見せた。

「じゃあ明日の総会で、父上と初の対面ということになるね。どうだい、楽しみかい?」

「よく分かんないですね。思い出があるわけでもないし」

「まあ、そうかも知れないな。だがきっと、会えば何か特別な感情を感じるはずさ」

「どうだろう」

 玄徳と英二は手元のドリンクを飲み干すと、再びカジノ卓へ戻ってゲームに入り込んだ。

 夜はまだまだ長い。

 総会前夜のポートフォリアの夜はゆっくり、ゆっくりと更けていった。

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