第二六話:交戦

「なんだ!?」

 一同に戦慄が走った。

「バレットだ! みんなかがめ!」

 英二が声を張り上げて指示を送る。慌てて皆ベンチの影に身を隠した。

 続けてベンチに大きな音とともに衝撃が走った。間違いない、明らかにこちらを狙って放たれたバレットだ。

 『バレット』は、銃装備を通して魔気を放出する、エージェントの攻撃手段の1つだ。アカデミーでの魔気の講義を経て、誰もが身に付ける能力だ。各人の魔気の強さに応じて威力も異なり、強いものだと一撃で相手を気絶させるほどだ。

 くそ、つけられていた――

 英二は思わず舌打ちをした。

「狙われてるな、どこかのチームに。ずっと前からつけられていたんだろう」

 英二は簡潔に状況をチームの面々に伝えた。

「でもこれは考えようによってはチャンスだ。返り討ちにすれば、虹玉を奪える。奴らが虹玉を奪われていないチームだったらの話だけどね」

 英二はこの状況にありながらも至極冷静で前向きだった。

「さすがキャプテン、頼もしいぜ」

「でも、どうしよう。ここからじゃ全然状況が分からない……」

 ベンチの隙間から結有がちらりと向こうを見やるが、相手の姿は見えない。

 なんか懐かしいなこの状況――

 英二はまだこの地下世界に来る前のことを思い出していた。

 慎があっという間に藍を救い出したあのシーンが脳裏に浮かぶ。あの時の自分は何が何だか分からず、柱の影に隠れていることしか出来なかった。

「見てろよ、慎」

 今の自分はあの頃の自分とは違う。

 アカデミー生活を経て、英二の中には確かな自信が芽生えていた。

「ん、何か言ったか」

「何でもない。ただの独り言だよ」

 英二は軽く質問を受け流すと、3人の方を振り返った。

「よし、やられっぱなしじゃ癪だ。反撃開始と行こう」

「そうこなくっちゃ」

「はい、キャプテン」

 亨と結有が調子を合わせる。

「作戦はどうする?」

 章夫は至って冷静だ。

「うん。まず、結有。きみは魔気を敏感に感知するのが得意だ。奴らは出来る限り魔気を抑えているだろうけど、結有が本気を出せばきっと感知出来る。ここで集中して奴らの居場所を随時俺達に伝えてくれ」

「分かった」

「章夫にもここから後方支援をお願いしたい。きみは魔気でモノを作り出すのが得意だ。奴らの近くに何かモノを出現させてかく乱してくれ」

「任せろ。お安い御用だ」

「そして亨、きみは俺と一緒に前線での実戦部隊だ。亨の機動力・戦闘力を思う存分活かしてくれ。手錠をかけて身動き取れなくして欲しい」

「うっす。あいつらみんな逮捕してやんよ」

「よし、それじゃあ30秒後に俺が合図をしたら作戦開始だ。みんな頭の中で予行演習を頼むよ」


「よし、いくぞ!」

 英二の声とともに、亨が右、英二が左からベンチを勢い良く飛び出した。すぐさま2人は魔気を駆使した高速移動状態である『シャドー』に入った。

 バン!

 バン!

 前方からバレットが打ち込まれる。

 しかし英二と亨にはかすりもしない。

 2人はさらにギアを上げた。

『よし、分かった! 斜め右の先にある茂みに2人』

 結有の声が脳内に響いた。

『それから、左の柱の影にもう1人。あと1人は公園の外にいるみたい』

『了解。亨、クロスだ。俺が茂みに向かう』

『おーけい』

 英二は右斜め前、亨は左斜め前に素早く踏み込み、2人はX字を描いてすれ違った。


「くそ、奴ら何てスピードだよ。全然かすりもしねえ」

 茂みの中の2人、岡部おかべ本間ほんまはあせっていた。

 目にもとまらぬ速さで移動する英二と亨のスピードは想像以上だった。目にとらえることが出来るのは2人の過ぎ去った残像のみだ。

「とらえた!」

 岡部が声を張り上げてバレットを撃ち込んだ。

「やったか!?」

 本間は茂みから顔を少し覗かせて前方をにらんだ。

「くそっ、やられた!」

 岡部が悔しげな声を上げた。岡部が見事バレットを撃ち込んだのは、英二そっくりの容貌をした人形だった。

 人形はぱたりと力なくその場に倒れる。

「くっ……」

 もはや2人は完全に姿を消し、どこにいるのか検討もつかなかった。

 見失っただと……

 本間の額には嫌な汗が滲んだ。

『落ち着け! 冷静さを失うな』

 キャプテンの瀬戸山せとやまから叱咤が飛ぶ。

『ああ、言われなくても分かってるよ。なあ、岡……』

 本間は茂みの中に再び顔を引っ込め、岡部の方に向き直り絶句した。

「やあ、しばらくだね」

 そこにいたのは桜井英二。

 背後から左手を回して岡部の口を塞ぎ、右手に握った銃剣は自分のこめかみに音もなく当てられていた。

「しばらく大人しくしててもらうよ」

 英二はそう言うと手早く2人に『チェーン』をかけて動きを封じた。

「お前、ここまで凄くなってたのか……」

 チェーンをかけられすっかり意気消沈した本間がぼそりとこぼした。

「まだまだ、こんなもんじゃないさ」

 2人は力なくその場に座り込んだ。


「さて……」

 英二はすぐさま意識をもう一方の交戦地に向けた。

『亨、こちらは完了だ。そっちはどうだ?』

 返事がない。

『おい、亨』

 再びの沈黙。英二は一抹を不安を覚えた。

 そのまま時間が過ぎる。

 しびれを切らした英二はその場を離れようとした。

『……わりいわりい』

 ようやく亨の声が脳内に響いた。

『ちょっとお取り込み中だったもんで。こっちも無事逮捕完了だ』

『そうか、それなら良かった。さすがだね』

『こっちは1対1だからな。数的不利をものともしないお前の方がすげえよ』

『どうだかね。でもまだ終わってない。あと1人残ってる』

『2人とも、さっすが』

 結有の声が割り込んできた。

『ねえ、もう1人がこっちに向かって近付いて来てるみたい。足取りはゆっくりだけどね』

 英二は公園の入り口を振り返った。確かに、少女が1人こちらに向かって歩いて来ている。遠巻きながら英二はその顔に視線を向けた。

玲奈れな、か」

 あまり接点はなかったが、かつて一度だけ演習で同じグループになったことがある。

『参りました。降参よ』

 玲奈の声が英二の頭の中に響いた。


「俺達の負けだ。虹玉は受け取ってくれ」

 英二チームと瀬戸山チームは争いを終え、輪になって集まっていた。瀬戸山が黄色の虹玉を英二に差し出す。

「どうも」

 英二はその虹玉を受け取った。

「しかし、参ったな。まるで歯が立たなかった。さすが選ばれし者が率いるチーム、というところか」

「だからそれ、やめてよ」

 英二は聞き飽きた言葉に怪訝な顔をしてみせた。

「悪い悪い。だが、確かに今回は俺達の負けだがまだゲームは終わっちゃいない。明日の17時を迎えるまで、どのチームにもまだチャンスがあるんだからな。俺達は諦めないよ」

「そうこなくっちゃ。これまで頑張ってきたんだからな」

 亨が笑顔で応じる。

「ありがとう。では俺達はここらへんで失礼させてもらうよ。健闘を祈る」

「ああ、お前達もな」

 英二は瀬戸山とがっしり握手を交わした。瀬戸山に率いられ、本間、岡部、玲奈は公園を後にした。

「これで、とりあえず俺達が合格する確率は2倍になったわけか」

 章夫が瀬戸山達の後姿を見送りながらつぶやく。

「そうだね。でも全ての虹玉を集めない限り、合格は約束されない。先の長い話だ」

 英二はその手に握った虹玉をじっと見つめた。

「速報! 速報!」

 タイミングよく虹玉が速報を告げ始めた。

「本日2回目の虹玉のチーム移動があった模様です。繰り返します――」

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