第十一話:アンダーステーション

 エレベーターに乗って3分ほどが経過した。たった3分に過ぎないが、エレベーターの搭乗時間としては常軌を逸した時間だ。英二は空恐ろしい気持ちがした。

 このままでは地球の中心部にまでも到達してしまうのではないか――

 そんなことまで頭に浮かび始めたが、その時ようやくエレベーターが到着を告げる音を鳴らした。透明だった頭上のランプもオレンジ色に点灯している。

「待たせたな、到着だ。地下の世界へようこそ」

 慎がこちらを振り返ることもなく言葉を放った。

 扉が開く。その先に見えたのは、まさに宇宙空間。一面に星達がまばゆく輝いていた。

 慎と兵馬はその宇宙空間に足を踏み出した。2人が足を踏み降ろす地点は円形に光り始め、足を離すと再び光は消える。

「何やってんだ英二少年、早く来いよ」

 神秘的な光景に思わず見とれていた英二に向かって兵馬が呼びかけた。英二は慌ててエレベーターを降り、宇宙空間の中を進み始めた。小走りで歩を進め、先を行く2人に追い付いた。

 2人は黙々と歩を進める。目的地も分からないまま、英二はそれに付き従う。

 そのまましばらく歩き続けるうちに、英二は痺れを切らして兵馬に声を掛けた。

「あのさ、俺たちどこに向かって進んでるの? ここは宇宙……?」

「ああ、そっかお前にはそう見えてんのか。ボス、こいつに見せてやってもいいですかね?」

 兵馬は慎に何かの許可を求めた。

「ああ、別に構わんさ」

 慎が答える。

 見せる?

 英二が頭に疑問符を浮かべているのをよそに、兵馬は右手を頭の右上に掲げ、パチンッと指を鳴らした。次の瞬間、3人の頭上を中心として放射状に光が走り、宇宙のような景色が消え全く異なる明るい景色が広がり始めた。その様は暗闇の中で大きな花火がはじけて広がっていくかのようだった。英二の前に姿を現したのは、まるで空港の構内のような景色であった。とても洗練された流麗な仕様で、まさに近未来の建物といった出で立ちだ。あちこちに電子パネルのようなものが設置され、その横にはゲートが備えられている。

「ここは、空港……?」

「いいや、違うね。ここは駅、アンダーステーションさ。万が一普通の人間がやって来た時のために、宇宙みたいな幻想を見せてるのさ。どうだ、駅の中はいけてるだろ」

 英二の言葉にすかさず兵馬が反応し、いたずらな笑顔を見せる。

「すごい……何ていうか、めちゃくちゃハイテクでお洒落な感じ」

「ここから我々は地下世界の中を移動する。たくさんゲートが置かれているのが見えるだろう? 地下世界の中にもたくさんの地域があり、目的地に応じてゲートを選ぶんだ」

 少し先を行く慎が説明する。

「俺たちのゲートはもう少し先だ。その前に、ちょっとここで待っていろ」

 そう言うと慎は少し先にあるインフォメーションエリアのような所に向かって歩き出した。そのエリアは構内の中心に位置し、円形の受付スペースとなっている。何人かの受付の女性がその円の中で等間隔で並び、あらゆる方向からの来客に対応出来るようになっている。慎は受付に着くと正面の女性に向かって話しかけ、いくつか言葉を交わした後パネル上にサインでもするかのように指を走らせた。女性が笑顔でお辞儀をして慎に何かを手渡すと、慎はこちらに振り返り戻ってきた。

「これが切符だ」

 慎はそう言うと2人に鳥の羽根を手渡した。

「これが切符?」

「ああ。未知なる世界に飛び立つ翼だと思ってくれ。よし、じゃあ行こうか。ゲートは14番、あそこだ」

 慎は少し先に位置するゲートを指差した。上部に飾られた電子パネルには確かに14という数字が見える。そしてその下には大きく『黒都こくと』の文字。これから向かう地名だろうか。英二は歩き出す二人について14番ゲートへ向かった。各ゲートの横には制服を着た駅員のような男が立っていた。慎ら3人が近づくと、14番ゲートの駅員の男が軽く右手を上げて3人を迎えた。ゲートの前には腰ほどの高さの台が置かれ、台の表面は電子パネルのような形状となっている。慎はゲートに到着するや否や、そのパネルの上に先程の羽根を置いて手をかざした。すると、ゲートを左端から右端へぐるっと一周するように光が駆け巡った。

 通行可能の合図だろうか?

 慎が手を離すと、その下に置かれたはずの羽根はすっかり消えていた。

慎に続いて、英二はゲートをくぐって歩き出した。ゲートを抜けてしばらく歩いた先に鉄製の扉が待ち構えていた。3人が近付くと扉は自動的に左右に開いた。扉の向こうは駅のプラットホームとなっていた。ホームとホームの間には、線路ではなくレールが敷かれており、まるでリニアモーターカーでも走るかのようだ。レールの前後は丸い空洞の中につながっており、その先は暗闇となっていて先を見通すことは出来ない。ホームには出発を待つ人々の姿がちらちらと見える。全部で15人ほどはいるだろうか。ベンチに腰掛けて待つ人々を眺めていると、唐突にホーム全体に軽やかなメロディーが流れ始めた。

「さあ、夢の列車の到着だぞ」

 そう言うと兵馬は口笛を吹いてみせた。レールが通じる空洞から光が差し始めた。その光は徐々に大きくなり、やがて全身が銀色に輝く細長い乗り物が姿を現した。きらりと光る流線型のフォルムは、向かい来る全てのものを華麗に受け流すことが出来るかのようだ。

 英二はその近未来的な姿に息を呑んだ。

「これが地下世界の都市と都市を結ぶ、地下鉄道の車両だ」

 横から慎の言葉が飛ぶ。

「全部で3両あるが、初めて渡航する者は一番先頭の車両に乗る決まりになっているんだ」

「そうなの?」

「だから悪いがこいつには1人で乗ってもらう必要がある。しばらく別行動になるが、まあ心配するな。大人しくしていれば自動的に目的地まで運んでくれる」

「さびしくても泣くんじゃねえぞ、英二少年」

「うるさいな。ただ乗り物に乗るだけじゃないか」

「頼もしいな。じゃあここらでいったんお別れとしよう。じゃあな、また後で」

 そう言うと慎は兵馬を引き連れて最後尾の車両へと向かって歩き出した。英二は少しその2人の後姿を眺めていたが、すぐに振り返り先頭の車両へと向かった。

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