7.魔女さん、賢者に出会う

賢者。知を統べる者。人間を超越した神に最も近い存在。慈愛に満ち、全てに手を差し伸べる、魔術の頂点に立つ王者。

ギリシア神話の賢者といえば、射手座となったことで有名なケンタウロスの賢者、ケイローンがいるが目の前にいるこの胡散臭い男が本当に賢者なのだろうか?


「シャーム君、クロルド様とリサ様にお茶をお出しして」


「はい、かしこまりました」


リサは胡乱げな眼差しをユウキに向けた。

ユウキはにこりと笑い返す。

やはり、胡散臭い。

隣で床に座り込んでいたクロがげっそりとした顔でユウキを睨んだ。


「なぜここにいるんだ」


「賢者は気の向くまま風の向くまま旅をするものですから」


「嘘をつけ」


「パクんないでくれませんかね?」


クロとリサが同時に突っ込む。

助手らしき、猫耳の少女がお盆を片手にやってきて不服そうに頬を膨らませる。


「お二人とも、賢者様に失礼ではありませんか? いくら、元魔王様とはいえ」


この猫耳の少女とはクロも面識があるらしく、顔を見て余計にげっそりしていた。

ずいぶんユウキのことを慕っているようだ。

ユウキを庇うように前へ進み出る。


「特にそちらの方はたかが魔女でしょう? 賢者様に対してその態度はどうかと思います!」


キレた。


「んだと、やんのか!? このクソ猫!」


「上等ですよ!」


テーブルに乗り出し、言い合う二人を前にしてクロが「情け無い......」と呟き、顔を肉球の手で覆う。

ユウキは楽しそうに笑っていた。


「ただの魔女かは分かりませんけどね?」


ユウキが意味深げに含み笑う。

猫耳の少女の耳がぴくりと震えた。


「ユ、ユウキ様? それはどういう......」


声が僅かだか震えている。

当の本人であるリサはきょとんとしていた。

ユウキが髪の触覚をいじりながら頷く。


「『彼女』だってことだよ」


それを聞いたあとの猫耳少女の反応は劇的なものだった。

猫耳がびくんっとしぼみ、頭を垂れる。

あろうことか、さっきまで張り合っていたリサに向かって。


「先ほどのご無礼を深く謝罪致します。『花の魔女様』身の程知れずな真似を致し、誠に申し訳ございませんでした」


「へっ!?」


リサが戸惑うのを横目にくすりと、ユウキが笑う。

クロも状況を呑み込めていないようで目を白黒させて猫耳少女を見ている。


「『花の魔女』200年前、この世界が勇者と魔王と数々の英雄たちによって支配されていた時代に魔女を率い、秩序を立て直した英雄の中の英雄だよ」


「はなの、まじょ?」


ユウキの言葉をリサが繰り返す。

クロが言葉を継いだ。


「だが、『花の魔女』はとうの昔に死んでいる。俺がこの目で確認した。......まさか、こいつが生まれ変わりでも言う気か?」


クロが耳を震わせた。

俯き、激情を堪えるように全身を震わせる。


「く、クロ?」


クロの態度に不穏なものを感じ、身を案じるリサの声にも反応しない。

ふいに魔王の哄笑が轟いた。


「ふ、はははは、ははははははっ」


「クロ!?」


ついにおかしくなったかもしれない。

元からちょっとおかしかったけど。

いわゆる、爆笑というやつだ。


「馬鹿も休み休み言え、小僧。こいつが、あの方の生まれ変わり? そんなことなかろう。この阿保のどこに要素がある?」


「酷い言いようだねー!?」


これは本気で信じてない系だ。

まあ、確かに生まれ変わりなんて自覚ないんだけれどね!?

リサは心内に止めつつ反抗心を抱く。


「魔王。今まで気づかなかったのかい?」


「なにがだ」


「え?」


ユウキが目を丸くした。

猫耳の少女まで呆気に取られている。


「いや、魔王様が昔っから鈍感なのは知ってたけどさ、知ってたけども」


「まさか今まで気づいてなかったんですか!? 賢者様よりひどいですよね!」


「???」


リサが一人置いてきぼりにされるなか、二人は抗議の言葉をクロに浴びせる。

クロは怪訝そうな顔をしていた。


「だーかーら」


猫耳の少女がびしっとクロに指を突きつける。

ユウキが無礼な少女の態度に肩を揺らして驚く。


「魔女様の名前ですよっ!」


「名前? リサだろう」


「そうですよ、リサですよ! もうっ、ここまで言っても分からないんですか!?」


猫耳の少女がクロにつかつかと歩み寄り、鼻先に指を突きつけた。

ユウキが「勇者だなあ」と呟き、密かに感心しているのをクロが睨む。

お前の教育はどうなってるんだ、という顔だ。


「『花の魔女様』の名前は!?」


「リサ・カオウだろう、ってはあ!?」


クロが瞠目した。

猫耳の少女は自慢げな顔をしている。


「なぜ、今まで気付かなかったんだ俺は」


「まあ、鈍感なのは前々からのことですし、この機会に直されたらどうです?」


「やっと気づいたんですか!? ほんと、遅すぎなんですよ!」


クロがしおれている。

しおれた姿も可愛い。

キツネだからだろうか。


「リサなんて変な名前、他にいないでしょう!」


「変な名前!?」


「しかも、こんな変人で、ジョブが魔女で、おまけに魔王を使い魔にしてる人がただの魔女でなくってなんですか!」


「さっきまでただの魔女のくせにって言ってたのはどこのだれかなあ?」


「っ、こんなドス黒い瘴気を出せるのは『花の魔女』をおいて他にいません!」


「ちょっと思ってたけど、猫耳そのことなにげに誤魔化そうとしてるよね」


喋り続ける猫耳の少女にリサが苛立ちを吐く。

猫耳の少女は責任をクロに転換しようと必死の形相だ。

クロがそんな少女に引く。


「な、なんか瘴気が漂ってきそうなのは確かにそうだが、あの方とまるで違うだろう! 容姿も、中身もあの方のほうがよっぽど素晴らしかった!」


クロがこれだけ絶賛しているのだ。

すごい人だったのだろう。

同姓同名なのに落差がひどい。


「それはあなたの勘違いです!」


「そこはシャーム君に同意ですね」


黙っていたユウキまで参戦してきた。

クロが耳を震わせて立ち上がった。


「俺を育ててくれたのは紛れもなくあの人だ! 不思議なところはあったが、それでも素晴らしい偉人だった!」


「「いやいやいやいやいやいや」」


ユウキと猫耳の少女の声が見事にコラボ。

リサは置いてきぼりにいじけている。


「あなた、思いっきり崖の下に突き落とされてましたからね!?それで登って来いとか、6歳の子供にどんな無茶ぶりですか! 私ちゃんとこの目で見てましたよ!?」


「世界樹に登って頂点にあるドラゴンの卵をとってこいなんてこともありましたね。いくら魔王とはいえ、あれは完全に死んで帰ってこないかと思いました」


「それなのにカズールさんも、リサ様も全然反省してなさそうだし!」


「あと、足早ペンギンを真冬に半裸でおいかけ回させられたりもしてましたね」


「ペンギン!?」


無言を貫いていたリサがばっと顔を上げキラキラした目でユウキを見た。

ユウキが子供らしい無邪気な態度のリサに思わず微笑む。


「ただし、秒速100メートルで動く超特急ペンギンなので近くでお目にかかれる機会は滅多にないですけどね」


「そ、それも全て、俺を思ってのことだ! 魔王である俺を強く育てようという、お母様の計らいだ! ......はっ!」


「お母様?」


焦って口を滑らせるクロにリサが過剰反応を示した。

クロがしまった、という顔をするが時すでに遅し。

ユウキがにこやかに説明する。


「『花の魔女』リサ様はクロルド様の育て親なんですよ。クロルド様はそれはそれはリサ様をよく慕っていらっしゃいました」


「ずっとリサ様のあとばっかり追いかけて可愛かったですねー」


「へえ、その頃のクロ見たかったなあ」


にやにやするリサ。

クロが恥じを捨ててにくきゅーぱんちを繰り出したがリサには当たらない。


「な、なぜだ!?」


「クロルド様、言っておきますが使い魔は主人に攻撃できませんからね? かっこ、主人の命に関わる危機のこと以外で」


「ぐっ」


クロが呻いて悔しそうにするのをリサは悪どい笑みを浮かべて見ていた。


「ねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」


「っ」


「おー、さすがは魔女様の生まれ変わり。性根が腐ったまんまです」


煽るリサにクロが悔しそうな表情を浮かべ、猫耳の少女が感心したように言う。

それは言わなくていいよ。


「っていうか」


リサが姿勢を正し、ユウキを向く。

言葉を切って言った。


「私生まれ変わりではないですよ?」


「いや、もう確定してますよ」


ユウキがすかさず肯定。

付け入る隙もありはしない。

しかし、リサはそれでもなお否定する。


「多分、みんなが言っているのは、私のおばあちゃんのことだと思いますけど。私、おばあちゃんと同姓同名なんで」


リサには確信があった。

あの人なら本当にやりかねない。

それに、家に残っていた書庫は間違いなく祖母のものだ。


同姓同名なのは、祖母が名付け親で漢字違いの同じ名前にしたのだと本人から聞いた。

それが、もし。もし、リサがこの世界にやってくることを前提に名前を自分と同じにすることで、生まれ変わりだと思わせようとしていたらどうか。


名前は異世界人へのメッセージでもあったということになるが、育て親をしていた肝心の魔王がそれに勘付かなかったのだから笑えない。


「『花の魔女』の孫.....!! 時が流れるのは早いものですね」


ユウキが感慨深く言う。

どうやら、納得してもらえたようだ。

リサは安堵のため息をこぼす。


「では、早速交渉・・いきましょうか」


だから、油断していた。


「『この者に終焉を』」


ユウキのかざした手が虚空に淡い文字を描き始める。術式だ。

クロがありったけの反射神経でリサへの術式を蹴り飛ばす。

黒い影がリサの顔前を横切った。


「テーブルの上に乗るのは感心しませんね。クロルド様」


「貴様こそどういうつもりだ!」


クロが怒鳴る。ユウキは涼しい顔だ。

猫耳の少女がユウキを守るように拳を固めて猫耳を震わせる。


「今のは死の呪いだろう!」


「防げたんですから、そんなに激怒なさらなくても宜しいではないですか」


「馬鹿か! 殺す気か、こいつを!」


「ええ。殺す気でしたよ。ですけれど」


どこか冷めた目でユウキがリサを見る。

慈愛の要素は欠片も見当たらず、お人好しな表情も消え失せた。

美形なだけに迫力がある。


「殺す気も失せましたね。まさか、使い魔に守ってもらわなければ死ぬようなひよっこ魔女だったとは」


死ぬ? なにを言っているんだ二人は。

あまりに瞬間的な出来事にリサは混乱することもできる唖然とする。


「交渉以前の問題でした」


ユウキはまた、にこりと笑い、テーブルの上で両手を組んだ。

賢者らしい、知識欲に満ちた子供のような残虐な無邪気さを瞳に宿して。


「『眠りから覚めよ』」


ユウキの詠唱に応じ、地面から茎が伸びた。

どこからともなく生じたそれはぐんぐんと伸び続けリサとクロを拘束する。

避けることのできない、絶対的魔術。

最初から仕掛けられていたらしい。


「さて、話をしましょうか」


賢者はそう言って、笑った。

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