6. 魔女さん、魔術の勉強をする

医療道具らしきものを箱に詰めるユウキの背をリサはじっと見つめていた。

一見、ただの無害そうな美青年だ。

しかし、有能な魔術師だということは確か。油断ならない。


「なにを作らせましょうか」


無言に慣れなかったのか、ユウキが口を開く。

菓子を腹につめこんだばかりだが、リサのお腹がぐうと鳴った。

ユウキが笑う。冷や汗を垂らしながら。


「私、なんでも食べれますよ」


「奇遇ですね。うちの子はなんでも作れるんですよ」


「うちの子?」


なんでも食べれるのと作れるのとでは奇遇でもなんでもない気がするが......とリサが思いながら問いかける。

鍵をかけ、ユウキが箱を持ち上げながら振り返った。


「私の助手です。私が困るぐらい有能でいい子なんですよ」


少しだけ自慢げそうな顔でユウキが言う。

我が子を自慢する親の顔そのものだ。

うちだって......と言いかけてリサは踏みとどまる。

クロは肉を串にはめることすらできない不器用っ子だ。

できることといえば『にくきゅーぱんち』ぐらいである。


「なにかリクエストはありませんか?」


「リクエストって言っても......」


こっちの世界に、元の世界のものがあるものなのか否か。

顔を曇らせて悩むリサに、ユウキは機嫌良さそうに言葉を繋げる。


「例えば、シチューとか。オムライスとかどうです? ムーロのオムライスは絶品ですよ」


「オムライス!!」


どうやら、この世界にある食べ物も元いた世界の食べ物と変わらないらしい。

お菓子らしきクッキー的食べ物も、クッキーそのものだった。


「では、頼んでおきますね」


ユウキが耳に手を当てた。

リサが首を傾げる。


「どうやって?」


ユウキが微笑んで、耳飾りを見せた。

青い宝石を基調として、赤、黄、緑の小さな宝石で囲まれた耳飾りだ。


「これはいわゆる、魔道具というものです」


「魔道具っていうと、言葉の響き的に魔法の力を持ってる道具ってことですかね?」


「説明する必要はなさそうですね。これには、念話という能力を応用した魔道具です。念携帯と一般的には呼ばれています」


魔道具。念携帯。

なんとなく意味は分かる。

ようは、電話のようなものだ。


「二つで一つの魔道具なので、念話できる相手はもう片方を持っている人だけなんですけどね」


「へぇー。相手を自分で選べるわけではないんですね」


「念話ならそれも可能なんですがね」


苦笑しながらユウキが耳飾りに触れる。

宝石がゆらゆらと左右に揺れた。


「念話はその分、魔力値の消費量が多いですから」


「魔力値ってことは......魔法スキル?」


「ええ。魔法もあるにはあるんですが、私疲れるの嫌いですし」


医療道具を詰めた箱を持っていない方の肩を回すユウキ。

魔術師らしからぬ言葉だ。

というか、この人は誰かを治療するために村長宅に来ていたはずでは?


「治療の件は疲れないんですか?」


「ああ。医療と魔術は全くの別物ですから。それとリサさんはなにか誤解してるみたいですね」


ユウキの言い草にまたもやリサは首を傾げることになった。

魔法、魔術。治療、医療。

似ているようで異なる意味合いの言葉だ。


「魔術師は基本的に魔法を使わないんですよ」


「え?」


リサは絶句する羽目になった。

ユウキがおもしろそうに唇を歪めて笑う。


「魔術は魔法ではありませんから」


「魔法スキルってことですか?」


「いえ、それも違うんです」


不審そうに眉を潜めるリサ。

ユウキは柔らかな眼差しをリサに向ける。


「魔術は魔法でも魔法スキルでもない」


ユウキが道具箱をテーブルに置いた。

鍵を取り出し、道具箱を開く。

リサはユウキの背中越しに中を覗き込んだ。

ユウキが液体の入った瓶を取り出して、それを片手にリサの方を向く。


「これは薬草を錬金術で加工して作った結界を張るための水です」


ユウキが躊躇いなくテーブルの上に、その瓶の液体をぶちまけた。

琥珀色の液体が飛び散る。

しかし、村長はのほほーんとした顔で全く気にせずにそれを見守っていた。

ユウキがテーブルに手をかざす。


「『琥珀の源よ その力で 聖なる 結界プリズムを顕現せよ』」


液体が粒子となって淡く輝き宙を舞う。

ユウキの手をかざした場所にそれらが集っていく。

テーブルに白い光が現れ、薄い障壁ができた。


「これが魔術です」


「......なるほど」


魔術は言語の魔法なのだ。

魔法は短い詠唱、もしくは無詠唱でも発現することが可能だが魔術は違う。


「魔法、魔術、魔法スキル。ややこしいですが、この三つの総称も『魔法』です」


「ややこしいですね。でも、できることは同じなのでしょう?」


「いいえ。魔法スキルは攻撃と防御。魔法はそれを含め、魔力の付与と呪いと他の奇跡としかいえない現象を」


ユウキが目を細めながら指を折る。

障壁が霧散して消えた。


「魔術は?」


「魔術ができるのは、魔法にあった呪いの解呪、付与、結界、回復ですね」


「回復は、聖職者の職業が別にあったはずです。魔術でできるのなら必要ないのでは?」


聖者プリーストとかいう職業が基本職業の一つにあったはずだ。

それの上位互換として聖女セイントという職業もあった。


「ああ、あれは医療ではなく治療の類です。外傷しか治せません」


「言葉がなんか色々難しいですね」


「そういうものですよ」


うんうん、とユウキが頷く。

なんか物凄いややこしい。


「さて」


ユウキが道具箱を閉じ、持ち上げた。

村長が頭を下げる。


「そろそろ失礼いたします」


「ありがとうございました。また、お願い致します」


「ええ。明日もお伺いします」


リサはユウキに続いて家の外に出る。

ユウキが人混みに目を向けた。

苦笑して、リサを振り向く。


「助けてきてあげてください。あなたのペットなんでしょう」


「その気になれば自分で抜けてこれるでしょう。それをしないのは、少なくともちやほやされるのが嫌じゃないからですよ」


よほど嫌ならリサについてくるはずだ。

全く、魔王もお人好しなものだ。

リサは小さく吐息してクロを呼ぶ。


「クーちゃん、行くよー!」


「!」


クロが背中に乗っていた子供たちを地面に降ろしてから走ってきた。

子供を振り落さないあたり、面倒見は相当いいらしい。

リサだったらとっくに飽きて放り出している。


「クーちゃん言うな! 寝床が見つかった......の、か......」


クロが走るのやめた。

深緑の瞳が瞠目する。

その視線が向く先には......。


「やあ。久しいね、魔王。いや、その姿で出会ったのは初めてだから、初めまして・・・・・......なのかな?」


青年は儚げな笑みを浮かべた。

どこか芯の強さを感じさせる知的な碧眼の双眸がクロを見つめ返す。

クロが喉から絞り出すような声で言った。


「なぜ、ここにいる」


リサはただ驚き、黙り込むだけだ。


「賢者」


青年は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべたままだった。







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