良策

喜雨「じゃあ行って来るね」


霧雨「あっ。う、うん。」


喜雨「私が舞台袖に立つくらいの時に舞台の方くればいいと思うよ」


霧雨「りょ、了解っす」


どうやらまだ話の受け答えをする気力は残っている


喜雨さんの黒髪が舞台の明かりに照らされる。


私はのそりと立ち上がって舞台へ向かう。心臓の動く音は次第に大きなホールに響くまでになり胸から胴、全てが心臓かと疑う。


緊張でもう、お題が何かすら脳のメモリから揮発している。


舞台上手側へ延びる階段。その下で来たる自分の出番を待つ。


階段の上では喜雨さんが大きく深呼吸をしている。深呼吸といえば緊張をほぐす上で重要な行為だ。


少女も真似て大きく息を吸い込もうと口を開く。が、乾いた喉と強張った肺は新鮮な空気の侵入を拒む。


喉と喉、下と口腔がべったりと張り付いて思わず嘔吐いてしまう。


深呼吸をする余裕があるならばそもそも緊張なんてしてない。だから奴らは深呼吸で緊張が取り除かれていると勘違いする。


早くなる鼓動と呼吸は自我を忘れて体を離れていく。


少女はおぼつかない足取りで階段を登り舞台袖に立つ。


頭上から雫が一粒。立派なお堂が雨漏り。


ではない。額を触ると手にはべっとりと塩水がまとわりついている。


少女にはもう自分の体に対する意識はほとんどなかった。

舞台中央で話す喜雨へ視線をむける。


霧雨「あれ、私…….」


喜雨さんの艶やかな黒髪に吸収されて行く光は大きく歪んで円を描く。

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