第30話


 瞼に光が当たる、だけど太陽のような熱を含んだ光じゃない、どこか人工的な光に照らされてる、そんな中、僕はそっと目を開けた。


 暗い部屋から明るい部屋に急に移動した、そんな眩しさに目が痛む、だが、どんどん視界は戻っていき、自分が立っている空間がさっきまでいた空間とは異なる事に気付いた。


 一面真っ白な壁が印象的で、アパートの一部屋くらいの広さだろうか。

 そして足下には、まっすぐ伸びた木から、たくさんの小枝が生え、そこに釣鐘形の花がたくさん咲いている、この花は━━。


 そしてこの空間に、僕以外の姿が見えない。




「ここは……エンリヒート!? アグニル!?」




 僕は腹の底から声を出した、だが二人の声は返ってこない、代わりに返ってきたのは自分の反響した、それも色々な方向から聞こえる声だけだった。

 状況を整理しよう━━そう思ったが、不意にガチャという物音を感じ、




「……主様?」




 明るく、不思議そうにしている声が聞こえた、そして、いつも呼ばれている僕の名称、いっつも三人に呼ばれる、「主様」と。

 そして、声が聞こえた方向を振り返ると、そこには大人の女性が、だが━━何処か見覚えのある雰囲気、彼女は。




「もしかして━━エンリヒートなの?」


「おっ、一発でわかってくれるとは……嬉しいね」




 普段は赤色の髪を肩まで伸ばし、毛先を内側にクルッとカールさせた明るい髪型━━だが、今は髪はもっと伸びてる。綺麗な赤髪は、より鮮明で濃い色、そして何より、




「急に……急に成長したね」


「ふふっ、これが私の本来の姿だよ、惚れ直したか?」




 笑顔を見せる彼女の身長は普段より二十は大きかった、それに━━胸も大きい、これは仲神よりもある、きっと。

 だが今は、そんな事はどうでもいいか。




「そうだね、見違えたよ……それで、ここは何処かな? それにアグニルは」


「なあ主様、ここで二人で暮らさないか?」


「ひゃい?」




 突拍子の無い言葉に、僕の口からは変な言葉が漏れた。

 そんな僕を見て、彼女はクスクスと笑いだし、




「ふふっ、なんだよ今の声……私は本気だよ? 主様さえ良ければ」


「理由は……当然、理由は聞かせてくれるんだよね?」





 僕の言葉に、彼女は一回だけ頷き、白い壁を触りながら、




「そうだな━━ここは……私の心の中なんだよ」


「心の中……って、ちょっと待って、何がなんだか」




 彼女の心の中? でもエンリヒートは僕の目の前に存在している。




「ふふっ、なあ主様……この花の名前知ってるか?」


「えっ、……ごめん、僕は花には詳しくないんだ」


「この花はエリカって名前なんだ、エリカとエンリヒート、何か似てるよな?」





 彼女は笑顔のまま、花を撫でていた、だが僕には心の底から笑っているようには見えない。

 そんな彼女に、僕は率直な意見を返す。




「そうだね……凄く綺麗な花だ」


「だよな、私達のいた理想郷シャングリラで、私は皆にエリカって呼ばれてたんだぜ!」




 良い話に聞こえる、綺麗な花と同じ名前で呼ばれるなんて。だけど、どうして彼女はこんなに寂しそうに、エリカの花を見てるのか? その答えはすぐに出た、彼女は一気に声色を変え、




「正直嬉しかったよ、こんな綺麗な花と同じ名前で呼ばれて━━でも違ったんだ」


「アグニルから聞いたんだ、エリカの花言葉は孤独━━その事を皆は知っていて呼んでたんだよ、笑っちゃうよな、ずっと『孤独』って言われて喜んでたんだから」




 彼女の悲しみの言葉を聞いて、ここがどんな空間なのか━━彼女が何を言いたいのかがわかった。




「君はずっと一人だったの? でも前はアグニルと契約してて、他にも仲間がいたんだよね? それなら━━」


「そうだよ、私にはアグニルとティデリアとフィーナがいた。でもあの時まで━━コスタルカが現れてから、私達はめちゃくちゃになった! ティデリアがいなくなって、フィーナもいなくなって、それにアグニルも私の前から突然姿を消した」




 彼女は声を荒げながら僕を見つめる。

 アグニル達に何があったか、それは多少しか知らない、聞かなかったのは、僕はアグニルとエンリヒートはずっと一緒にいたと思っていたからだ。

 でも、話を聞く限りでは違うのか、エンリヒートは一人だったのか。

 理想郷がどんな所なのかは知らない、でも、





「理想郷には他の精霊達がいたんじゃないの? それなら一人じゃなかったんじゃないの?」


「そうだね、私以外にも沢山いたよ、でも━━あいつらがいなくなった時、また皆にエリカって呼ばれたよ、その時かな、私の中の何かがこわれたんだ。

気付いたら皆を殴って、殴って殴って殴って、そしたら━━私の周りには誰も寄らなくなったんだ。」




 彼女の声は震えていた、自分の、既に赤くはなっていない手を見ながら。

 そんな彼女は「でも」と言って、僕に笑顔を見せてくれた。




「突然……アグニルが現れたって聞いた、正直、何処に? って思ったよ、そしてアグニルに導かれるようにして、気付いたら主様と契約してた。三人でいた時間、そしてカノンが来てからの時間━━ほんの少ない時間だったけど、楽しかった、昔みたいに戻ったみたいに、だけど」




 彼女は瞳からうっすらと涙を滲ませ、




「気付いたら、私はここにいたんだ。また一人、エリカの花が咲いた━━この白い部屋に」




 彼女はそう言って言葉を紡ぐ。

 彼女はずっと一人だった、アグニル達と離れてから━━だけど僕と出会った、それにアグニルとカノンも一緒だった。


 だけど、霊力切れになってまたこの部屋で目を覚ました、気付いたら一人、この寂しい部屋で。

 それは不安にもなるよな、また一人になったって。


 普段は明るいけど、本来は寂しいのが嫌で、人の側にいたいのか。




「でも、今は僕もいる……それにアグニルもカノンも━━」


「誰かがいなくならない保証はどこにあるの!? 一人も欠けない保証がどこに! 別れるのも、誰かを失うのも嫌なんだ━━もう、一人は嫌なんだよ」




 彼女の叫び。


 だから一緒に暮らさないか? って聞いたのか、この部屋で二人なら━━いなくなる事はないから。

 でも、それは違うだろ、エンリヒート?

 僕は彼女の側に寄り、頬に手を当てる。




「僕は君の側を離れない、何があってもだ、それにアグニルもカノンもずっと一緒だ━━僕が三人を必ず守るから」


「……主様」




 確証は無い、保証も無い、これは僕の希望。こうあってほしいという、僕のただの願いだ。

 だけど心配かけたくない、一緒にいたい、そう思ったら口が勝手に動いた。


 そして、彼女は涙を拭い、




「……童貞のくせに。生意気だな、主様は」


「それは関係無いだろ?」




 否定はしない、だが笑顔に戻ってくれて良かった。

 彼女は立ち上がり、




「それじゃあ、私の本体━━現実のがきんちょの姿をしている私にも言ってやってくれよ、きっと喜ぶからさ」


「ああ、わかったよ……それじゃあね、エンリヒート」




 彼女の事をエンリヒートと名前で呼ぶ、その行為にどれだけの意味があるのかはわからない、だけど、心の中の彼女は僕の言葉を聞いて、少し驚いた表情をしてから、満面の笑みへと変わる、小さい姿の彼女とは違う━━大人の姿をしたエンリヒートは。


 そして再び、僕の視界は真っ暗になり、気が付いたら、




「寝てる場合じゃないぞ……主様」


「えっ、……僕は気を失ってたのか」


「そうだぞ! 私が目を覚ましたら代わりに主様が眠ってるんだから……心配かけんなよな! っつっても私もさっき目を覚ましたんだけどな!」




 気付くと、僕は頭は小さなエンリヒートの膝の上に乗っていた。

 エンリヒートは僕に笑顔を見せ、おちょくってる。


 ━━この表情を見ていたら、孤独という事で悩んでるとは思えなかった。

 そして、僕が彼女の心の中にいた、という自覚は無いみたいだ。


 そんな彼女に僕は言葉をかける。




「僕は君の側を離れないから……何があっても」


「━━っな! 何言ってんだよ急に、何処かで頭でも打ったのか?」


「いいや、ただなんとなく、急にそう思ったんだよ」




 エンリヒートの顔は、いつにもなく真っ赤だった、これで不安な気持ちが少しでも無くなってくれたら━━それでいい。


 だが不意に、「ちょっと!」と、明らかに困り、助けを求めている声が聞こえる。




「あっ、ごめんアグニル━━って、人数増えてない!?」


「そうですよ! どんどん増えてきて……主様、どうしますか!?」




 倒れている者を合わせれば、人数は既に二十人以上いる、それをアグニルは一人で止めていたのか。そう思ったのだが、少し違った。




「シノさん、シルフィー!? どうして逃げてないんですか!? ここは━━」


「目を覚ましたんだね如月君! こいつらが頭おかしいって事は理解したから手伝ってるよ━━それに、まだ決着はついてないから!」




 シノとシルフィーは槍を振り回し、反日本政府を相手にしている。


 だがこんな事を彼女達がして大丈夫なのか? 問題にならないか? そう思ったのだが━━あいつらは悪い奴等だ、なんとかなる。


 そう、自分に言い聞かせた。




「━━主様指示を!」


「みんな……逃げるぞ!」


「えっ……逃げるんですか!? 今なら勝てるかも━━って、えっ!」




 扉目掛けて走り出した。

 そんな僕の姿を見て、驚き、呆れた表情をしながらも付いてきてくれている。


 ━━逃げた先に何かある、僕は確信してはいないが信じてみたかった。

 ずっと仲良かった幼なじみの言葉を、そして僕達を助けにくるかもしれない、精霊召喚士の存在を。

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