彼らの名前は、教科書には登場しない。けれど……

1206年〜1207年、宋代の中国。女真族の金国に対する防衛戦を、前線の宋の兵士が記録した文章をもとに、小説化された作品です。
……と言われても、中国史に詳しくないと、すぐには理解しがたいですよね。ええと、宋といえば岳飛? 秦檜は知っているけれど、岳将軍は既に亡くなった後ですか。チンギス・カンが即位した頃? 金はどうしていたっけ? ……。
マルコ・ポーロや長春真人は知っていても、趙淳や趙萬年の名を知っている人はいません。

それでも、阿萬(趙萬年)の軽妙な語り(べらんめい口調)と解説のおかげで、すぐ宋代へ行くことが出来ます。しかも戦場、しかも前線。上司への不平不満も、敵の異民族に対する嫌悪も恐怖も、生々しく。生き延びるための懸命な努力も、兄貴(趙淳)への崇敬も、直に伝わってきます。
中国時代物や戦記がお好きな方には、たまらないのではないでしょうか。

本当の歴史は、教科書には載っていない彼らが、命を賭けて築いてきたものなんですよね。お上品な文体で語られる歴史小説や、演義も大変好きですが。実際の彼らは、こんな口調で話していたかもしれない……。阿萬の台詞を拝読しながら、そんなことを思いました。

東洋史(モンゴル帝国)を修められた作者様のマニアックな解説が楽しい。私は書き下しの漢文の響きが好きなので、原文と書き下し文が拝読出来るのが嬉しかったです。
一粒で二重にも三重にも楽しめる、歴史小説。お薦めです。

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